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小学校令施行ニ要スル諸規則悉皆発布ニ附キ普通教育ノ施設ニ関スル文部大臣ノ意見表示

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文部省訓令第五号

府県沖縄県ヲ除ク

明治二十三年十月勅令第二百十五号小学校令施行ノ為メ要スル所ノ諸規則ハ今回悉ク之ヲ発布シタリ依リテ茲ニ普通教育ノ施設ニ関スル本大臣ノ意見ヲ表示スルコト左ノ如シ

普通教育ノ要ハ人ヲシテ人ノ人タル道ヲ知ラシメ日本国民タルノ本分ヲ弁ヘシメ社会及国家ノ福祉ト品位トヲ増進セシムルニ在レハ人トシテ此国ニ生活スル者ニハ何人ト雖モ普通教育ヲ受ケシメサルヘカラス是レ国家ノ当ニ為スヘキ所ノ責任タリ各人ノ当ニ尽スヘキ所ノ義務タリ而シテ市町村ニ命シテ公費ヲ以テ小学校ヲ設置セシメ各人ヲ督責シテ児童ヲ就学セシムル所以ナリ

国家ノ精神風俗貧富強弱等皆此普通教育ニ淵源セサルハナシ国家永遠ノ基礎ヲ堅固ニセント欲スル者須ク茲ニ留意シ国家百年ノ長計ヲ誤ルヘカラス

小学校ニ於テハ徳性ヲ涵養シ人道ヲ実践セシムルヲ以テ第一ノ主眼トシ殊ニ尊王愛国ノ志気ヲ発揚シ児童ヲシテ実業ヲ励ミ素行ヲ修メ忠良ノ民タラシメンコトヲ務ムヘシ

身体ハ百事ヲ成スノ根源ナリ幼時身体発育旺盛ノ時ニ在リテ之カ培養ヲ忽ニスルトキハ成長ノ後遂ニ羸弱ノ民トナルヘシ小学校ニ於テハ殊ニ茲ニ留意セサルヘカラス

小学校ノ修身ハ教育ニ関スル 勅語ノ旨趣ヲ奉体シ本邦固有ノ道ヲ基礎トシテ万国普通ノ事理ヲ酌量シ躬行実践ヲ務メ常ニ社会全般ノ徳義ニ背クコトナキヲ期スヘシ

小学校ノ読書作文習字算術ハ主トシテ修身日本地理日本歴史及日常必須ノ事ヲ材料トシ務メテ切実ノ方法ニ依リ教授スヘシ

此等ノ諸教科目ニ於テハ皆適実善良ナル教科書ヲ撰定スルヲ要ス殊ニ修身ニ於テ多数ノ教員ノ脳裏ニ一任シテ教科書ヲ定メサルカ如キハ其当ヲ得サルモノトス

小学校ノ教科書ハ教育上ニ経済上ニ殊ニ至大ノ関係ヲ有スルモノナレハ其編纂採択ノ方法最モ深ク考究セサルヘカラス

人ノ人タル所ノ道国民ノ国民タル所ノ義及日常必須ノ事ニ関シ教育スルノ基ハ尋常小学校ニ在レハ其教科目ハ此旨趣ニ依リ之ヲ教授シ濫リニ教科ヲ増サス務メテ簡易ニシテ能ク理会セシメンコトニ注意スヘシ

小学校ニ於テ往々教育ノ道ヲ誤リ其弊ヤ子弟ヲシテ家業ヲ忌ミ父兄ヲ侮リ徒ニ衣食ノ美ヲ欲シ安逸ヲ希ヒ労働ヲ避ケシムルカ如キ結果ヲ生シ又貧弱ノ者モ唯〻学問ニ従事スルトキハ一身ノ栄達期スヘシト信シ其資力ヲ計ラスシテ歳月ヲ徒費シ其極一身一家ノ不幸一国ノ不利ヲ醸スニ至ルハ目下教育上ノ通弊ナリ又女子ニ在リテハ往々温順貞淑ノ美風ヲ損シ灑掃応対ノ実務ニ疎ク長シテ家事ヲ処理スルノ能ニ乏シキ者アリ大ニ之カ矯正ノ道ヲ計画セサルヘカラス

教員ハ教育ノ主脳ナレハ小学校教員ハ須ク其撰択ヲ慎ミ其待遇ヲ厚クシテ永ク其職ニ安ンシ其誠ヲ尽サシムルノ方法ヲ求メサルヘカラス

小学校教員ノ現数六万有余ニシテ正当ノ資格アル者未タ其半ニ達セス而シテ資格ヲ与フルノ方法主トシテ学術試験ニ依ルヲ以テ経験ニ富メル老成者少クシテ少年ノ輩多シ教育ノ良果ヲ得ルニ於テ憂慮スヘキモノアリ須ク検定ノ法ヲ改メ任用ノ法ヲ正シ老成ニシテ経験アリ著実ニシテ善良ナル正教員ヲ増加スルノ方法ヲ講セサルヘカラス

普通教育ノ施設ハ少数ノ児童ヲシテ完全ノ教育ヲ受ケシメンヨリ寧ロ多数ノ児童ヲシテ国民必須ノ教育ヲ受ケシメサルヘカラス苟モ此教育ヲ受ケサレハ人其人ニ非ス民其民ニ非サルナリ方今全国学齢児童ノ就学未タ其半ニ達セス而シテ其残レルモノハ貧民ノ児童多キニ居ル之ヲ就学セシムルノ方法大ニ熟慮セサルヘカラス

普通教育モ亦完全ヲ望ムハ固ヨリナリト雖モ貧富ヲ論セス一般人民ノ児童ヲ督責シテ就学セシムルモノナレハ其施設ハ宜シク国家経済ノ状ヲ顧ミ人民貧富ノ度ヲ考ヘ之ニ適合シタルモノタラサルヘカラス

私立小学校及之ニ類スル各種ノ私立学校ハ教育ヲ普及スルニ於テ其関係少カラス苟モ教育ノ目的ヲ誤ラサランニハ啻ニ設備不完全等ノ点ヲ以テ弊害アリト論定スヘカラス之ヲ便用シテ世教ヲ補益スルノ一助ト為スヘシ

学政施設或ハ完全ヲ期シテ国度民情ニ適セス却テ教育ノ普及ヲ妨クルノ傾ナキニ非ス教育上ニ経済上ニ其弊害免カレサルモノアリ将来ノ施設上宜シク注意セサルヘカラス殊ニ学校ノ編制建築等ニ至リテハ民度ニ適合セサルモノ少シトセス須ク簡略質素ノ方向ニ改メサルヘカラス

此方案タル外形ニ於テハ或ハ教育ノ程度ヲ下シ教育ノ規模ヲ縮ムルノ観ナキニ非ス然レトモ実際教育ヲ普及シテ大ニ就学人員ヲ増加スヘキカ故ニ縦令其厚サニ於テ減縮スルコトアルモ其幅ニ於テハ拡張スルニ至ルヘシ学政ノ大体ニ就キテ之ヲ観察スレハ利アリテ害ナシト謂フヘシ又此方案ハ現今ノ国度民情ニ照ラシテ処分スルニ出テタルモノナレハ自今而後国力ノ上進ニ伴ヒ漸次ニ歩ヲ進ムヘキハ固ヨリ言ヲ待タサルナリ

以上述フル所ハ主トシテ一般ニ就学ヲ督責スル尋常小学校ノ教育ニ関スルモノトス其他中人以上ノ子女ニシテ進ミテ中等若クハ高等ノ教育ヲ受クヘキ者ノ初等教育ニ至リテハ其方法ヲ異ニスヘキモノ多シ注意セサルヘカラス

地方ノ学事ニ関スル普通ノ行政事務ハ成ルヘク地方官ニ委任シテ其責任ヲ重ンセシムヘシ然レトモ教育上特ニ慎重ヲ要スヘキ事項即チ教育ノ目的方法教則教科書教員生徒等ニ関スルモノハ充分ニ文部省ニ於テ之ヲ表示スヘシ

法令条規煩細ニ過クルトキハ却テ実行ノ障碍ヲナスモノアリ自今学政上ノ諸法規ハ成ルヘク簡約ニシテ要領ヲ挙ケ其細目ニ至リテハ地方当局者ニ運用ノ便ヲ与ヘ実際円滑ニ行ハレンコトヲ期スヘシ

法令具備シ設備宜シキヲ得ト雖モ苟モ監督其方ヲ得サレハ実効ヲ奏スルコト能ハス教育ノ事殊ニ然リトス宜シク監督ノ方法ヲ厳正ニシ学政ノ実効ヲ挙クルコトニ深ク注意セサルヘカラス

本大臣ノ普通教育施設ニ関スル意見概ネ此ノ如シ而シテ今回発布シタル諸規則ハ一ニ此旨趣ニ依リテ制定セリ府県知事ニ於テ今後規定セラルヽ所ノ諸規則並万般ノ処分等総テ前陳ノ旨趣ニ依遵セラレンコトヲ希望ス

明治二十四年十一月十七日文部大臣 伯爵大木喬任


  • 底本中の旧字を新字に改めた。
  • 二の字点は「〻」を用いて表記した。

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