南洲手抄言志録

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一 勿游惰以爲寛裕。勿嚴刻以爲直諒。勿私欲以爲志願
〔譯〕いうだみとめて以てかんゆうと爲すことなかれ。げんこくを認めて以てちよくりやうと爲すこと勿れ。しよくを認めて以てしぐわんと爲すこと勿れ。


二 毀譽得喪、眞是人生之雲霧、使人昏迷。一掃此雲霧、則天青日白。
〔譯〕きよとくさうは、しんに是れ人生のうんむ、人をしてこんめいせしむ。此の雲霧を一さうせば、則ちてんあをしろし。
〔評〕徳川よしのぶ公はきんわうの臣たり。ばくりの要する所となりててうてきとなる。猶南洲勤王の臣として終りをくせざるごとし。公はつみゆるし位にじよせらる、南洲は永くはんぞくの名をかうむる、悲しいかな。(原漢文、下同)


三 唐虞之治、只是情一字。極而言之、萬物一體、不於情之推
〔譯〕たうぐは只是れ情の一字なり。極めて之を言へば、萬物一體も情のすゐに外ならず。
〔評〕南洲、官軍を帥ゐて京師を發す。あり別れを惜みてふしみに至る。兵士めぐつて之をる。南洲輿中より之を招き、其背をつて曰ふ、たつしやなれと、金をくわいちゆうより出して之に與へ、かたはら人なき若し。兵士はなはだ其の情をかくさざるに服す。幕府はうだいを神奈川にきづき、外人の來り觀るを許さず、木戸公えきとに雜り、自らふごになうて之を觀る。茶店のらうをうあり、公の常人に非ざるを知り、善く之を遇す。公志を得るに及んで、厚く之に報ゆ。皆情のすゐなり。


四 凡作事、須天之心。不人之念
〔譯〕凡そ事をすには、すべからく天につかふるの心あるをえうすべし。人に示すのねんあるを要せず。


五 憤一字、是進學機關。舜何人也、予何人也、方是憤。
〔譯〕ふんの一字、是れしんがくきくわんなり。しゆんなんぴとぞや、われ何人ぞや、まさに是れふん


六 著眼高、則見理不岐。
〔譯〕がんくること高ければ、則ちを見ることせず。
〔評〕三條公は西三條、東久世諸公と長門に走る、之を七きやうだつさうと謂ふ。幕府之をざいふざんす。既にして七卿が勤王の士をつのり國家を亂さんと欲するを憂へ、なにはいうするのあり。南洲等つとめて之を拒ぎ、事終にむ。南洲人にかたつて曰ふ、七卿中他日くわんぱくに任ぜらるゝ者は、必三條公ならんと、果して然りき。


七 性同而質異。質異、教之所由設也。性同、教之所由立也。
〔譯〕せいは同じうして而てしつことなる。質異るはをしへの由つてまうけらるゝ所なり。性同じきは教の由つて立つ所なり。


八 喪己斯喪人。喪人斯喪物。
〔譯〕おのれうしなへばこゝに人をうしなふ。人を喪へば斯にものを喪ふ。


九 士貴獨立自信矣。依熱附炎之念、不起。
〔譯〕どくりつじしんたふとぶ。ねつえんくのねん、起す可らず。
〔評〕けいおう三年九月、山内ようだう公は寺村さぜん、後藤しやう次郎を以て使となし、書を幕府にていす。曰ふ、中古以くわんせいけい武門に出づ。洋人來航するに及んで、ぶつぎふん/\、東攻西げきして、ないこう嘗てをさまる時なく、終に外國のけいぶまねくに至る。此れせいれいに出で、天下耳目のぞくする所を異にするが故なり。今や時勢一ぺんしてきうきぼくしゆす可らず、宜しく政けんを王室に還し、以て萬國へいりつきそを建つべし。其れ則ち當今のきふむにして、而て容堂のしぐわんなり。ばく下のけんなる、必之をさつするあらんと。他日幕府の政權をかへせる、其事實に公のていしよもとづけり。當時ばくふ既におとろへたりと雖、ゐけん未だ地にちず。公かうろんしてまず、獨立の見ありと謂ふべし。


一〇 有本然之眞己、有躯殼之假己。須自認得
〔譯〕ほんぜんしんこ有り、くかくかこ有り。須らく自らみとめ得んことを要すべし。
〔評〕南洲を病む。英醫いりす之をしんして、らうどうすゝむ。南洲是より山野にいうれふせり。人或は病なくして犬をき兎をひ、自ら南洲を學ぶと謂ふ、なり。


一一 雲煙聚於不一レ已。風雨洩於不一レ已。雷霆震於不一レ已。斯可以觀至誠之作用
〔譯〕うんえんむことを得ざるにあつまる。ふううは已むことを得ざるにる。らいていは已むことを得ざるにふるふ。こゝに以てしせいさようる可し。


一二 動於不已之勢、則動而不括。履於不枉之途、則履而不危。
〔譯〕已むことを得ざるのいきほひうごけば、則ち動いてくわつせず。ぐ可らざるのみちめば、則ち履んであやふからず。
〔評〕官軍江戸をつ、關西諸侯兵を出して之に從ふ。是より先きびはんそうけたすけんと欲する者ありて、ひそかにせいそくを江戸につうず。公之をうれへ、田中ふじまろ、丹羽淳太郎等と議して、大義しんほろぼすの令を下す、實に已むことを得ざるのきよに出づ。一藩のはうかう以て定れり。


一三 聖人如強健無病人。賢人如攝生愼病人。常人如虚羸多病人
〔譯〕聖人はきやうけん病無き人の如し。賢人はせつしやう病をつゝしむ人の如し。常人はきよるゐ病多き人の如し。


一四 急迫敗事。寧耐成事。
〔譯〕きふはくは事をやぶる。ねいたいは事をす。
〔評〕大坂城おちいる。徳川よしのぶ公火船に乘りて江戸に歸り、諸侯を召して罪をつの状を告ぐ。余時に江戸に在り、特にべつちやうし告げて曰ふ。事此に至る、言ふ可きなし。汝將に京に入らんとすとく、請ふ吾が爲めにきようじゆんの意を致せと。余江戸を發して桑名にいたり、柳原さきみつ公軍をとくして至るに遇ふ。余爲めに之を告ぐ。京師に至るに及んで、松平しゆんがく公を見て又之を告ぐ。慶喜公江戸城に在り、衆皆之にせまり、死を以て城を守らんことを請ふ。公かず、水戸に赴く、近臣二三十名從ふ。衆奉じて以て主と爲すべきものなく、或はさんじて四方にき、或はうへのる。若し公をしてたいにんの力無く、共にいかつて事を擧げしめば、則ち府下悉くせうどと爲らん。たとひ都を遷すも、其の盛大をきはむること今日の如きは實に難からん。然らば則ち公常人のしのぶ能はざる所を忍ぶ、其功亦多し。きう藩士ひだかせいじつ時に句あり云ふ。

こうれつ尤も多かりしはぜんないふしそん直にかくじやうの中に在り」と。


一五 聖人安死。賢人分死。常人恐死。
〔譯〕聖人は死をやすんず。賢人は死をぶんとす。常人は死をおそる。


一六 賢者臨〈[#「歹+勿」、33-1]〉、見理當一レ然、以爲分、恥死、而希死、故神氣不亂。又有遺訓、足以聳一レ聽。而其不聖人亦在於此。聖人平生言動無一非一レ訓。而臨〈[#「歹+勿」、33-3]〉、未必爲遺訓。視死生眞如晝夜、無念。
〔譯〕賢者はぼつ〈[#「歹+勿」、33-4]〉するにのぞみ、まさに然るべきを見て、以てぶんと爲し、死をおそるゝをぢて、死をやすんずるをこひねがふ、故にしんきみだれず。又いくんあり、以てちやうそびやかすに足る。而かも其の聖人に及ばざるも亦此に在り。聖人は平生のげんどう一として訓に非ざるは無し。而て※〈[#「歹+勿」、33-6]〉するにのぞみて、未だ必しも遺訓をつくらず。しせいること眞にちうやの如し、ねんくる所無し。
〔評〕十年のえき、私學校のだんやくせいざうじよかすむ。南洲時に兎をおほすみ山中にふ。之を聞いてにはかいろへて曰ふ、しまつたと。じご肥後日向に轉戰して、神色いぜんたり。


一七 堯舜文王、其所遺典謨訓誥、皆可以爲萬世法。何遺命如之。至於成王顧命、曾子善言、賢人分上自當此已。因疑孔子泰山之歌、後人假託爲之。檀弓叵信、多此類。欲聖人、而却爲之累
〔譯〕げうしゆん文王は、其ののこす所のてんぼくんかう、皆以て萬世の法と爲す可し。何のいめいか之にかん。せい王のこめいそう子の善言に至つては、賢人のぶんおのづかまさに此の如くなるべきのみ。因つてうたがふ、孔子たいざんの歌、後人かたく之をつくれるならん。だんぐうの信じがたきこと此の類多し。聖人を尊ばんと欲して、かへつて之がるゐを爲せり。


一八 一部歴史、皆傳形迹、而情實或不傳。讀史者、須形迹以討出情實
〔譯〕一れきし、皆けいせきつたへて、じやうじつ或は傳らず。史を讀む者は、須らく形迹にいて以て情實をたづね出だすことを要すべし。


一九 博聞強記、聰明横也。精義入神、聰明竪也。
〔譯〕はくぶんきやうきは、そうめいよこなり。せいぎ神に入るは、そうめいたてなり。


二〇 生物皆畏死。人其靈也、當死之中、揀出不死之理。吾思、我身天物也。死生之權在天、當受之。我之生也、自然而生、生時未嘗知一レ喜矣。則我之死也、應亦自然而死、死時未嘗知一レ悲也。天生之而天死之、一聽于天而已、吾何畏焉。吾性即天也。躯殼則藏天之室也。精氣之爲物也、天寓於此室。遊魂之爲變也、天離於此室。死之後即生之前、生之前即死之後。而吾性之所以爲一レ性者、恒在於死生之外、吾何畏焉。夫晝夜一理、幽明一理。原始反終、知死生之理、何其易簡而明白也。吾人當此理自省焉。
〔譯〕生物は皆死をおそる。人は其れいなり、當に死を畏るゝの中より死を畏れざるの理をけんしゆつすべし。吾れ思ふ、我が身は天物なり。死生のけんは天に在り、當に之をじゆんじゆすべし。我れの生るゝや自然にして生る、生るゝ時未だ嘗てよろこぶことを知らず。則ち我の死するやまさに亦自然にして死し、死する時未だ嘗て悲むことを知らざるべし。天之を生みて、天之をころす、一に天にまかさんのみ、吾れ何ぞ畏れん。吾が性は即ち天なり、くかくは則ち天をおさむるの室なり。せいきの物と爲るや、天此の室にぐうす。いうこんへんを爲すや、天此の室をはなる。死の後は即ち生の前なり、生の前は即ち死の後なり。而て吾が性の性たる所以は、つねに死生の外に在り、吾れ何ぞ畏れん。夫れ晝夜は一なり、いうめいは一理なり。始めをたづねてをはりにかへらば、死生の理を知る、何ぞ其のいかんにして明白なるや。吾人は當に此の理を以てじせうすべし。


二一 畏死者生後之情也、有躯殼而後有是情。不死者生前之性也、離躯殼而始見是性。人須得不死之理於畏死之中、庶乎復一レ性焉。
〔譯〕死を畏るゝは生後の情なり、くかく有つて後にの情あり。死を畏れざるは生前の性なり、くかくはなれて始て是の性を見る。人はすべからく死を畏れざるの理を死を畏るゝの中にじとくすべし、性にかへるにちかし。
〔評〕幕府勤王の士をとらふ。南洲及びいぢちまさはるかいえだたけはる等尤も其のしもくする所となる。僧げつせう嘗て近衞公のみつめいふくみて水戸に至る、幕吏之をもとむること急なり。南洲其の免れざることを知り相共に鹿兒島にはしる。一日南洲、月照の宅をふ。此の夜月色せいきなり。あらかじしゆせんそなへ、舟を薩海にうかぶ、南洲及び平野次郎一僕と從ふ。月照船頭に立ち、和歌を朗吟して南洲に示す、南洲しゆかうする所あるものゝ如し、遂に相ようして海にとうず。次郎等水聲起るを聞いて、さうくわうとして之を救ふ。月照既に死して、南洲はよみがへることを得たり。南洲はしゆうしん月照と死せざりしをうらみたりと云ふ。


二二 誘掖而導之、教之常也。警戒而喩之、教之時也。躬行以率之、教之本也。不言而化之、教之神也。抑而揚之、激而進之、教之權而變也。教亦多術矣。
〔譯〕いうえきして之をみちびくは、教の常なり。けいかいして之をさとすは、教の時なり。に行うて之をきゐるは、教の本なり。言はずして之を化するは、教のしんなり。おさへて之をげ、げきして之をすゝましむるは、教のけんにして而てへんなり。教も亦じゆつ多し。


二三 閑想客感、由志之不一レ立。一志既立、百邪退聽。譬之清泉湧出、旁水不一レ渾入
〔譯〕かんさうきやくかんは、志の立たざるに由る。一志既に立てば、百邪退きく。之をせいせんようしゆつせば、ばうすゐこんにふすることを得ざるにたとふべし。
〔評〕政府ぐんけんふくせんと欲す、木戸公と南洲と尤も之を主張す。或ひと南洲を見て之を説く、南洲曰くだくすと。其人又之を説く、南洲曰く、吉之助の一諾、死以て之を守ると、たごまじへず。


二四 心爲靈。其條理動於情識、謂之欲。欲有公私、情識之通於條理公。條理之滯於情識私。自辨其通滯者、即便心之靈。
〔譯〕心をれいと爲す。其のでうりじやうしきうごく、之をよくと謂ふ。欲にこうし有り、情識の條理に通ずるを公と爲す。條理の情識にとゞこほるを私と爲す。自ら其のつうたいとをべんずるは、即ち心のれいなり。


二五 人一生所遭、有險阻、有坦夷、有安流、有驚瀾。是氣數自然、竟不免、即易理也。人宜居而安、玩而樂焉。若趨避之、非達者之見
〔譯〕人一生ふ所、けんそ有り、たんい有り、あんりう有り、きやうらん有り。是れきすうの自然にして、つひまぬがるゝ能はず、即ちえきりなり。人宜しく居つて安んじ、もてあそんでたのしむべし。若し之をすうひせば、たつ者の見に非ず。
〔評〕或ひと岩倉公幕を佐くとざんす。公ていはつして岩倉邸にちつきよす。大橋しんざうけい三、玉松みさを、北島ひでとも等、公の志を知り、深くけつなふす。南洲及び大久保公、木戸公、後藤象次郎、坂本龍馬等公を洛東より迎へて、朝政に任ぜしむ。公既に職に在り、しば/\せきかくそげきする所となり、きなんしきりに至る、而かもがうすうひせず。


二六 心之官則思。思字只是工夫字。思則愈精明、愈篤實。自其篤實之行、自其精明之知。知行歸於一思字
〔譯〕心のかんは則ち思ふ。思の字只是れくふうの字なり。思へば則ち愈せいめいなり、愈とくじつなり。其の篤實より之を行と謂ひ、其の精明より之を知と謂ふ。知と行とは一の思の字にす。


二七 處晦者能見顯。據顯者不晦。
〔譯〕くわいる者は能くけんを見る。顯にる者は晦を見ず。


二八 取信於人難也。人不於口、而信於躬。不於躬、而信於心。是以難。
〔譯〕しんを人に取るは難し。人は口を信ぜずしてを信ず。躬を信ぜずして心を信ず。是を以て難し。
〔評〕南洲しゆていりと爲る。島津なりあきら公其のがんくわうけい/\として人をるを見てぼん人に非ずとおもひ、ばつてきして之を用ふ。公かつて書をつくり、南洲に命じて之をみとれつ公に致さしめ、初めよりふうかんを加へず。烈公のたふしよも亦然り。


二九 臨時之信、累功於平日。平日之信、收効於臨時
〔譯〕りんじしんは、こうを平日にかさぬればなり。平日の信は、こうを臨時にをさむべし。
〔評〕南洲官軍のせんぱうとなり、品川にいたる、かつあは、大久保一翁、山岡鐵太郎之を見て、慶喜つみつのじやうぐちんし、たうばつゆるべんことを請ふ。安房素より南洲を知れり、之を説くこと甚だ力む。乃ち令を諸軍に傳へて、攻撃をとゞむ。


三〇 信孚於上下、天下無甚難處事
〔譯〕信上下にす、天下甚だしよし難き事無し。


三一 意之誠否、須夢寐中事上レ之。
〔譯〕せいひは、須らくむびちゆうの事に於て之をけんすべし。
〔評〕南洲じやくくわんの時、ふじたとうこえつす、東湖はちやうどうしくかんくわいけつにして、わうまぐわいとうしゆざやちやうけんして南洲をむかふ。南洲一見してくぜんたり。乃ち室内に入る、一大白をぞくしてさけすゝめらる。南洲はいんかいせず、ひて之をつくす、たちまめいていしておうどせきけがす。東湖は南洲のぼくそつにしてかざるところなきを見てはなはだ之をあいす。嘗て曰ふ、他日我が志をぐ者は獨此の少年子のみと。南洲も亦曰ふ、天下しんおそる可き者なし、たゞ畏る可き者は東湖一人のみと。二子の言、むびかんずる者か。


三二 不妄念是敬。妄念不起是誠。
〔譯〕ばうねんを起さゞるは是れけいなり。妄念起らざるは是れまことなり。


三三 因民義以激之、因民欲以趨之、則民忘其生而致其死。是可以一戰
〔譯〕民のに因つて以て之をげきし、民のよくに因つて以て之をはしらさば、則ち民其の生をわすれて其の死をいたさん。是れ以て一せんす可し。
〔評〕兵數はいづれかおほき、きかいは孰れかせいなる、りやうしよくは孰れかめる、この數者を以て之をくらべば、さつちやうの兵は固より幕府に及ばざるなり。然り而してふしみの一戰、東兵ひびするものは何ぞや。南洲及び木戸公等のさく〈[#「竹かんむり/束」、41-8]〉、民のよくに因つて之をはしらしたればなり。是を以てはちくいきほひありたり。


三四 漸必成事、惠必懷人。如歴代姦雄、有其祕、一時亦能遂志。可畏之至。
〔譯〕ぜんは必ず事をし、けいは必ず人をづく。れきだいかんゆうの如き、其ぬすむ者有り、一時亦能く志をぐ。畏る可きの至りなり。


三五 匿情似愼密。柔媚似恭順。剛愎似自信。故君子惡似而非者
〔譯〕とくじやうしんみつる。じうびきようじゆんに似る。がうふくじしんに似る。故に君子はなる者をにくむ。


三六 事君不忠非孝也、戰陳無勇非孝也。曾子孝子、其言如此。彼謂忠孝不兩全者、世俗之見也。
〔譯〕君につかへて忠ならざるは孝に非ざるなり、せんじんゆう無きは孝に非ざるなりと。そうしは孝子なり、其の言かくの如し。彼の忠孝りやうぜんせずと謂ふは、せぞくの見なり。
〔評〕十年のなん、賊のせいえい熊本城下にあつまる。而てえんぐん未だ達せず。谷中將死を以て之を守り、少しも動かず。ぞくせい遂に屈し、其兵を東する能はず。むかし加藤よしあき言へるあり。曰ふ、しやうはたるは、氣盛なる者之を能くす、而かもしんゆうに非ざるなり。こじやうえんなきに守り、せん主を衆そむくにたもつ、りちぎものに非ざれば能はず、故に眞勇は必ずりちぎものに出づと。びとうかうてう曰ふ、りちぎとはけだちよくにして信あるを謂ふと。余謂ふ、孤城をえんなきに守るは、谷中將の如くば可なりと。嗚呼中將は忠且つ勇なり、而して孝其のうちに在り。


三七 不誣者人情、不欺者天理、人皆知之。蓋知而未知。
〔譯〕ふ可らざる者は人情なり、あざむく可らざる者は天理なり、人皆之を知る。けだし知つて而して未だ知らず。
〔評〕えのもとぶやう等五りようかくの兵已に敗る。かいりつぜんしよ二卷を以て我が海軍におくつて云ふ、是れ嘗ておらんだに學んでたる所なり、身と倶にほろぶることを惜しむと。武揚の誣ふ可らざるの情てんちやうたつし、其の死を宥しちようようせらる、天理なり。


三八 知是行之主宰、乾道也。行是知之流行、坤道也。合以成體躯。則知行、是二而一、一而二。
〔譯〕は是れかうしゆさいなり、けんだうなり。行は是れ知のりうかうなり、こんだうなり。合して以てたいくを成す。則ち知行は是れ二にして一、一にして二なり。


三九 學貴自得。人徒以目讀有字之書、故局於字、不通透。當心讀無字之書、乃洞而有自得
〔譯〕がくじとくたふとぶ。人いたづらに目を以て有字の書を讀む、故に字にきよくし、つうとうすることを得ず。まさに心を以て無字の書を讀むべし、乃ちとうして自得するところ有らん。


四〇 孟子以讀書尚友。故讀經籍、即是聽嚴師父兄之訓也。讀史子、亦即與明君賢相英雄豪傑相周旋也。其可明其心以對越之乎。
〔譯〕孟子讀書を以てしやういうと爲す。故にけいせきを讀む、即ち是れげんし父兄の訓を聽くなり。しゝを讀む、亦即ち明君賢相英雄豪傑と相しうせんするなり。其れ其の心を清明にして以て之にたいえつせざる可けんや。


四一 爲學緊要、在心一字。把心以治心、謂之聖學。爲政著眼、在情一字。循情以治情、謂之王道。王道聖學非二。
〔譯〕學を爲すのきんえうは心の一字に在り。心をつて以て心を治む、之を聖學と謂ふ。政を爲すのちやくがんは情の一字に在り。情にしたがうて以て情を治む、之を王道と謂ふ。王道と聖學と二に非ず。
〔評〕兵をしてたいかうし、互にしようはいあり。兵士或はふしやう者のじやうを爲す、故に之をしんさつす。兵士初め負傷者とならんことを惡む。一日、せいじやうしんりんして負傷者をし、おんげんたまふ、此より兵士負傷者とならんことを願ふ。是に由つて之を觀れば、兵をぎよするも亦情に外ならざるなり。


四二 發憤忘食、志氣如是。樂以忘憂、心體如是。不老之將一レ至、知命樂天如是。聖人與人不同、又與人不異。
〔譯〕いきどほりを發して食をわする、しきかくの如し。たのしんで以てうれひを忘る、しんたい是の如し。らうの將に至らんとするを知らず、めいを知り天を樂しむものかくの如し。聖人は人と同じからず、又人とことならず。


四三 講説聖賢、而不之、謂之口頭聖賢、吾聞之一惕然。
〔譯〕聖賢をかうせつして之をにする能はず、之をこうとう聖賢と謂ふ、吾れ之を聞いて一たびてきぜんたり。


四四 學、稽之古訓、問、質之師友、人皆知之。學必學之躬、問必問諸心、其有幾人耶。
〔譯〕がく之をこくんかんがへ、もん之を師友にたゞすは、人皆之を知る。學必ず之を躬に學び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。


四五 以天而得者固。以人而得者脆。
〔譯〕天を以て得たるものはかたし。人を以て得たるものはもろし。


四六 君子自慊、小人自欺。君子自彊、小人自棄。上達下達、落在一自字
〔譯〕君子は自らこゝろよくし、小人は自らあざむく。君子は自らつとめ、小人は自らつ。上たつと下たつとは、一のの字にらくざいす。


四七 人皆知身之安否、而不心之安否。宜自問能不闇室否、能不衾影否、能得安穩快樂。時時如是、心便不放。
〔譯〕人は皆身のあんぴふことを知つて、而かも心の安否を問ふことを知らず。宜しく自ら能くあんしつあざむかざるやいなや、能くきんえいぢざるや否や、能くあんおんくわいらくを得るや否やと問ふべし。時時かくの如くば心すなははなたず。
〔評〕某士南洲にめんしてしくわんもとむ。南洲曰ふ、汝ほうきふいくばくを求むるやと。某曰ふ、三十圓ばかりと。南洲乃ち三十圓を與へて曰ふ、汝にひとつきほう金を與へん、汝は宜しく汝の心にむかうて我がさいりき如何を問ふべしと。其人た來らず。


四八 無爲而有爲之謂誠。有爲而無爲之謂敬。
〔譯〕爲す無くして爲す有る之をまことと謂ふ。爲す有つて爲す無し之をけいと謂ふ。


四九 寛懷不俗情、和也。立脚不俗情、介也。
〔譯〕かんくわいぞくじやうさかはざるは、なり。りつきやく俗情にちざるは、かいなり。


五〇 惻隱之心偏、民或有愛殞身者。羞惡之心偏、民或有經溝涜。辭讓之心偏、民或有奔亡風狂者。是非之心偏、民或有兄弟鬩牆父子相訟者。凡情之偏、雖四端遂陷不善。故學以致中和、歸於無過不及、謂之復性之學
〔譯〕そくいんの心へんすれば、民或はあいおぼれ身をおとす者有り。しうをの心偏すれば、民或はかうとくじけいする者有り。じじやうの心偏すれば、民或はほんばうふうきやうする者有り。是非の心偏すれば、民或は兄弟かきせめぎ父子相うつたふ者有り。凡そ情の偏するや、四たんと雖遂にふぜんおちいる。故に學んで以て中和をいたし、かふきふ無きにす、之をふくせいの學と謂ふ。
〔評〕江藤しんぺい、前原いつせい等の如きは、皆いしんの功臣として、勤王二なく、官はさんぎに至り、位は人臣のえいきはむ。然り而して前後皆亂を爲し誅に伏す、惜しいかな。豈四たんへんありしものか。


五一 此學吾人一生負擔、當斃而後已。道固無窮、堯舜之上善無盡。孔子自學、至七十、毎十年、自覺其有一レ進、孜孜自彊、不老之將一レ至。假使其踰耄至一レ期、則其神明不測、想當何如哉。凡學孔子者、宜孔子之志上レ志。
〔譯〕此の學は吾人一生のふたんまさたふれて後にむべし。道固より窮り無し。堯舜の上、善盡くること無し。孔子學に志してより七十に至るまで、十年毎に自ら其のすゝむ所有るをさとり、しゝとして自らつとめて、らうの將に至らんとするを知らず。し其をしてばうに至らしめば、則ち其の神明はかられざること、おもふに當に何如たるべきぞや。凡そ孔子を學ぶ者は、宜しく孔子の志を以て志と爲すべし。


五二 自彊不息、天道也、君子所以也。如虞舜孳孳爲善、大禹思日孜孜、成湯苟日新、文王不遑暇、周公坐以待旦、孔子發憤忘上レ食、皆是也。彼徒事靜養瞑坐而已、則與此學脈背馳。
〔譯〕自らつとめてまざるは天道なり、君子のもちゐる所なり。ぐしゆんじじとして善を爲し、大の日に孜孜せんことを思ひ、せいたうまことに日に新にせる、文王のいとまあきいとまあらざる、しう公のして以てたんつ、孔子のいきどほりを發して食を忘るゝ如きは、皆是なり。彼のいたづらせいやうめいざを事とすのみならば、則ち此のがくみやくはいちす。


五三 自彊不息時候、心地光光明明、有何妄念游思、有何嬰累罣想
〔譯〕自らつとめてまざるじこうは、しんちくわう/\めい/\にして、何のばうねんゆうし有らん、何のえいるゐけさう有らん。
〔評〕三條公の筑前に在る、或る人其のりよきやうむれうさつして美女を進む、公之をしりぞく。某氏えんひらいて女がくまうく、公ふつ然として去れり。


五四 提一燈、行暗夜。勿暗夜、只頼一燈
〔譯〕一とうひつさげて、あんやを行く。暗夜をうれふる勿れ、只だ一とうたのめ。
〔評〕ふしみ戰を開き、はうせいおほうちに聞え、愈はげしく愈ちかづく。岩倉公南洲に問うて曰ふ、しようはい何如と。南洲答へて曰ふ、西郷隆盛在り、憂ふる勿れと。


五五 倫理物理、同一理也。我學倫理之學、宜近取諸身、即是物理。
〔譯〕りんりと物理とは同一理なり。我れ倫理の學を學ぶ、宜しく近くこれを身に取るべし、即ち是れ物理なり。


五六 濁水亦水也。一澄則爲清水。客氣亦氣也。一轉則爲正氣。逐客工夫、只是克己、只是復禮。
〔譯〕だくすゐも亦水なり、一ちようすれば則ちせいすゐとなる。きやくきも亦氣なり、一てんすれば則ちせいきとなる。きやくふの工夫は、只是れ己に克つなり、只是れ禮にかへるなり。
〔評〕南洲さうじかくていを好み、つねに壯士と角す。人之をくるしむ。其しゆていりと爲るや、てい中にどとんまうけて、さうぢよこととせず。既にしてがいぜんとして天下を以て自らにんじ、せつくつして書を讀み、遂にふくこの大げふを成せり。


五七 理本無形。無形則無名矣。形而後有名。既有名、則理謂之氣不可。故專指本體、則形後亦謂之理。專指運用、則形前亦謂之氣、竝無不可。如浩然之氣、專指運用、其實太極之呼吸、只是一誠。謂之氣原、即是理。
〔譯〕理はかたち無し。形無ければ則ち名無し。形ありて後に名有り。既に名有れば、則ち理之を氣と謂ふも、不可無し。故に專らほんたいを指せば、則ちけいごも亦之を理と謂ふ。專らうんようを指せば、則ち形前も亦之を氣と謂ふ、ならびに不可無し。かうぜんの氣の如きは、專ら運用を指すも、其の實たいきよくこきふにして、只是れ一せいなり。之を氣げんと謂ふ、即ち是れ理なり。


五八 物我一體、即是仁。我執公情以行公事、天下無服。治亂之機、在於公不公。周子曰、公於己者、公於人。伊川又以公理、釋仁字。餘姚亦更博愛公愛。可并攷
〔譯〕ぶつがたいは即ち是れ仁なり。我れこうじやうつて以て公事を行ふ、天下服せざる無し。ちらんは公と不公とに在り。しう子曰ふ、おのれに公なる者は人に公なりと。いせんこうりを以て仁の字をしやくす。よえうも亦博愛をあらためて公愛と爲せり。あはかんがふ可し。
〔評〕余嘗て木戸公の言を記せり。曰ふ、あひづはんしは、性直にして用ふ可し、ちやうじんの及ぶ所に非ざるなりと。夫れくわいちやうてきなり、かも其の言かくの如し。以て公の事をしよすること皆こうへいなるを知るべし。


五九 尊徳性、是以道問學、即是尊徳性。先立其大者、則其知也眞。能迪其知、則其功也實。畢竟一條路往來耳。
〔譯〕徳性を尊ぶ、是を以てぶんがくる、即ち是れ徳性を尊ぶなり。先づ其の大なる者を立つれば、則ち其知やしんなり。能く其の知をめば、則ち其功やじつなり。ひつきやういちでうの往來のみ。


六〇 周子主靜、謂心守本體。※〈[#「圖」の「回」に代えて「面から一、二画目をとったもの」、52-8]〉説自註無欲故靜、程伯氏因此有天理人欲之説。叔子持敬工夫亦在此。朱陸以下雖各有力處、而畢竟不此範圍。不意至明儒、朱陸分黨如敵讐。何以然邪。今之學者、宜平心上レ之。取其得力處可也。
〔譯〕しうしせいしゆとす、こゝろほんたいを守るを謂ふなり。づせつ〈[#「圖」の「回」に代えて「面から一、二画目をとったもの」、52-12]〉に、「よく無し故にせい」とじちゆうす、ていはくしこれに因つて天よくせつ有り。しゆくしけいするくふうも亦こゝに在り。しゆりく以下各ちからを得る處有りと雖、かもひつきやう此のはんいを出でず。おもはざりきみんじゆに至つて、しゆりくたうを分つことてきしうの如くあらんとは。何を以て然るや。今の學ぶ者、宜しく平心を以て之を待つべし。其の力を得る處を取らば可なり。


六一 象山、宇宙内事、皆己分内事、此謂男子擔當之志如一レ此。陳澔引此註射義、極是。
〔譯〕しようざんの、うちうないの事は皆おのぶんないの事は、れ男子たんたうの志かくの如きを謂ふなり。ちんかう此を引いてしやぎちゆうす、きはめてなり。
〔評〕南洲かつて東湖に從うて學ぶ。たうじ書する所、今猶民間にそんす。曰ふ、「いつすんえいしんばんぷてきす」と。けだふくこげふを以てたんたうすることを爲す。いしん征東のこう實に此にしんす。まつろふたゝしんを成せるは、かなしむべきかな。


六二 講論語、是慈父教子意思。講孟子、是伯兄誨季意思。講大學、如網在一レ綱。講中庸、如雲出一レ岫。
〔譯〕ろんごかうず、是れじふの子を教ふるいしまうしを講ず、是れ伯兄のをしふるいしだいがくを講ず、あみかうに在る如し。ちゆうようを講ず、くもしうを出づる如し。


六三 易是性字註脚。詩是情字註脚。書是心字註脚。
〔譯〕えきは是れせいの字のちゆうきやくなり。は是れ情の字の註脚なり。しよは是れ心の字の註脚なり。


六四 獨得之見似私、人驚其驟至。平凡之議似公、世安其狃聞。凡聽人言、宜虚懷而邀一レ之。勿安狃聞可也。
〔譯〕どくとくけんわたくしに似る、人其のしうしおどろく。へいぼんは公に似る、世其のぢうぶんに安んず。凡そ人の言をくは、宜しくきよくわいにして之をむかふべし。ぢうぶんこうあんすることなくんば可なり。


六五 心理是豎工夫、愽覽是横工夫。豎工夫、則深入自得。横工夫、則淺易汎濫。
〔譯〕しんりは是れたての工夫なり、はくらんは是れよこの工夫なり。たての工夫は、則ちしんにふじとくせよ。よこの工夫は、則ちせんいはんらんなれ。


六六 讀經、宜我之心經之心、以經之心我之心。不然徒爾講明訓詁而已、便是終身不曾讀
〔譯〕けいを讀むは、宜しく我れの心を以て經の心を讀み、經の心を以て我の心をしやくすべし。然らずしてとじくんこかうめいするのみならば、すなはち是れ終身かつて讀まざるなり。


六七 引滿中度、發無空箭。人事宜射然
〔譯〕まんあたり、發してくうぜん無し。人事宜しくしやの如く然るべし。


六八 前人、謂英氣害一レ事。余則謂、英氣不無、但露圭角不可
〔譯〕前人は、えいきは事をがいすと謂へり。余は則ち謂ふ、英氣は無かる可らず、けいかくあらはすを不可と爲すと。


六九 刀槊之技、懷怯心者衄、頼勇氣者敗。必也泯勇怯於一靜、忘勝負於一動。動之以天、廓然太公、靜之以地、物來順應。如是者勝矣。心學亦不於此
〔譯〕たうさくきよ心をいだく者はくじけ、ゆうきたのむ者はやぶる。必やゆうきよを一せいほろぼし、しようぶを一どうわすれ、之をうごかすに天を以てして、かくぜんたいこうに、之をしづむるに地を以てして、もの來つてじゆんおうせん。かくの如き者はたん。心學も亦こゝに外ならず。
〔評〕長兵京師にやぶる。木戸公は岡部氏につてわざはいまぬかるゝことを得たり。のち丹波におもむき、せいめいへ、ばくとまじり、しゆかくまじはり、以て時勢をうかゞへり。南洲はなにはの某樓にぐうす。幕吏さうさくして樓下に至る。南洲乃ちげきを觀るに託して、舟をりてげ去れり。此れ皆ゆうきよほろぼしようぶを忘るゝものなり。


七〇 無我則不其身、即是義。無物則不其人、即是勇。
〔譯〕れ無ければ則ち其身をず、即ち是れなり。物無ければ則ち其人を見ず、即ち是れゆうなり。


七一 自反而縮者、無我也。雖千萬人吾往矣、無物也。
〔譯〕自らかへりみてなほきは、われ無きなり。千萬人と雖吾れ往かんは、物無きなり。


七二 三軍不和、難以言一レ戰。百官不和、難以言一レ治。書云、同寅協恭和衷哉。唯一和字、一串治亂
〔譯〕三軍和せずば、以てたゝかひを言ひがたし。百官和せずば、以てを言ひ難し。書に云ふ、いんを同じうしきようあはわちゆうせよやと。唯だ一の和字、ちらんいつくわんす。
〔評〕ふくこげふさつちやうがつしように成る。是れより先き、土人坂本りゆうま、薩長の和せざるをうれへ、薩ていいたり、大久保・西郷諸氏に説き、又長邸にいたり、木戸・大村諸氏に説く。薩人黒田・大山諸氏長に至り、長人木戸・品川諸氏薩にき、而て後成り、いしんこうげふいたせり。


七三 凡事有眞是非、有假是非。假是非、謂通俗之所可否。年少未學、而先了假是非、迨後欲眞是非、亦不入。所謂先入爲主、不如何耳。
〔譯〕凡そ事にしんぜひ有り、かぜひ有り。假是非とは、つうぞくの可否する所を謂ふ。年わかく未だ學ばずして、先づ假是非をれうし、後におよんで眞是非を得んと欲するも、亦入りやすからず。謂はゆるせんにふしゆり、如何ともす可らざるのみ。


七四 果斷、有義來者。有智來者。有勇來者。有義與一レ智而來者、上也。徒勇而已者殆矣。
〔譯〕くわだんは、より來るもの有り。より來るもの有り。ゆうより來るもの有り。義と智とをあはせて來るもの有り、じやうなり。たゞゆうのみなるはあやふし。
〔評〕くわんはつしうは古より武を用ふるの地と稱す。おきよはんぎやくすと雖、猶まさかどに説いて之にらしむ。小田原のえきほう公は徳川公に謂うて曰ふ、東方に地あり、えどと曰ふ、以てとふを開く可しと。いつしんはじめ、大久保公せんとけんじて曰ふ、官軍已につと雖、とうぞく猶未だほろびず、宜しくひじやうだんを以て非常の事を行ふべしと。先見の明と謂ふ可し。


七五 公私在事、又在情。事公而情私者有之。事私而情公者有之。爲政者、宜衡人情事理輕重處、以用其中於上レ民。
〔譯〕こうしは事に在り、又情に在り。事公にして情私なるもの之有り。事私にして情公なるもの之有り。政を爲す者は、宜しく人情じりけいぢゆうの處をけんかうして、以て其のちゆうを民に用ふべし。
〔評〕南洲城山にる。官軍さくゑて之を守る。やまがた中將書を南洲に寄せて兩軍さつしやうさんきよくげんす。南洲其の書を見て曰ふ、我れ山縣にそむかずと、だんぜん死にけり。中將は南洲のげんて曰ふ、しいかな、天下の一勇將を失へりと、りうていすること之を久しうせり。あゝ公私情盡せり。


七六 愼獨工夫、當身在稠人廣座中一般。應酬工夫、當間居獨處時一般
〔譯〕しんどくくふうは、まさに身ちうじんくわうざの中に在るが如く一ぱんなるべし。おうしうの工夫は、まさかんきよどくしよの時の如く一般なるべし。


七七 心要現在。事未來、不邀。事已往、不追。纔追纔邀、便是放心。
〔譯〕心はげんざいせんことをえうす。事未だ來らずば、むかふ可らず。事已にかば、ふ可らず。わづかに追ひ纔かに邀へば、すなはち是れはうしんなり。


七八 物集於其所一レ好、人也。事赴於所一レ期、天也。
〔譯〕もの其の好む所にあつまるは、人なり。ことせざる所におもむくは、天なり。


七九 人貴厚重、不遲重。尚眞率、不輕率
〔譯〕人は、こうちようを貴ぶ、ちちようを貴ばず。しんそつたつとぶ、けいそつを尚ばず。
〔評〕南洲人にせつして、みだりまじへず、人之をはゞかる。然れども其の人を知るに及んでは、則ち心をかたむけて之をたすく。其人に非ざれば則ちしゆうしんはず。


八〇 凡生物皆資於養。天生而地養之。人則地之氣精英。吾欲靜坐以養氣、動行以養體、氣體相資、以養此生。所以從地而事一レ天。
〔譯〕凡そ生物は皆やうる。天生じて地之をやしなふ。人は則ち地の氣のせいえいなり。吾れ靜坐して以て氣を養ひ、どうかうして以て體を養ひ、氣と體と相つて以て此の生を養はんと欲す。地に從うて天に事ふる所以なり。
〔評〕維新のげふは三藩の兵力に由ると雖、抑之を養ふにあり、曰くめいぎなり、曰くめいぶんなり。或は云ふ、維新のこうだいにつぽんし及び外史にもとづくと、亦しとせざるなり。


八一 凡爲學之初、必立大人之志、然後書可讀也。不然、徒貪聞見而已、則或恐傲飾一レ非。所謂假寇兵、資盜糧也、可虞。
〔譯〕凡そ學を爲すの初め、必ず大人たらんと欲するの志を立て、然る後書讀む可し。然らずして、いたづらに聞見をむさぼるのみならば、則ち或はがうちやうじ非をかざらんことを恐る。謂はゆるこうに兵をし、たうりやうするなり、おもんぱかる可し。


八二 以眞己假己、天理也。以身我心我、人欲也。
〔譯〕しんこを以てかこつ、天理なり。しんがを以て心我をがいす、じんよくなり。


八三 無一息間斷、無一刻急忙。即是天地氣象。
〔譯〕一そくかんだん無く、一こくきふばう無し。即ち是れ天地のきしやうなり。
〔評〕木戸公毎旦ちゝはゝの木主を拜す。身はんげきに居ると雖、少しくもおこたらず。三十年の間一日の如し。


八四 有於無一レ心、工夫是也。無於有一レ心、本體是也。
〔譯〕心無きに心有るは、くふう是なり。心有るに心無きは、ほんたい是なり。


八五 不知而知者、道心也。知而不知者、人心也。
〔譯〕知らずして知る者は、だうしんなり。知つて知らざる者は、じんしんなり。


八六 心靜、方能知白日。眼明、始會青天。此程伯氏之句也。青天白日、常在於我。宜之座右、以爲警戒
〔譯〕心しづかにして、まさに能く白日を知る。眼明かにして、始めて青天を識りすと。此れていはくしの句なり。青天白日は、常に我に在り。宜しく之をざいうかゝげて、以てけいかいと爲すべし。


八七 靈光充體時、細大事物、無遺落、無遲疑
〔譯〕れいくわうたいつる時、さいだいの事物、ゐらく無く、ちぎ無し。
〔評〕死を決するは、さつの長ずる所なり。公義を説くは、土のぞくなり。いしんの初め、一公卿あり、南洲の所に往いてふくこの事を説く。南洲曰ふ、夫れ復古はいじに非ず、且つ九重そぜつし、みだりに藩人を通ずるを得ず、必ずやしんしん死を致す有らば、則ち事或は成らんと。又ごとうしやう次郎にいて之を説く。象次郎曰ふ、復古はかたきに非ず、然れどももんちはいし、もんばつめ、けんぐることはうなきに非ざれば、則ち不可なりと。二人の本領自らあらはる。


八八 人心之靈、如太陽然。但克伐怨欲、雲霧四塞、此靈烏在。故誠意工夫、莫於掃雲霧白日。凡爲學之要、自此而起基。故曰、誠者物之終始。
〔譯〕人心のれいたいやうの如く然り。但だこくばつえんよくうんむしそくせば、此のれいいづくに在る。故に意をまことにする工夫は、うんむはらうて白日をあふぐより先きなるはし。凡そ學を爲すのえうは、これよりしてもとゐおこす。故に曰ふ、誠は物のしゆうしと。


八九 胸次清快、則人事百艱亦不阻。
〔譯〕きようじせいくわいなれば、則ち人事百かんせず。


九〇 人心之靈、主於氣。氣體之充也。凡爲事、以氣爲先導、則擧體無失措。技能工藝、亦皆如此。
〔譯〕人心のれいは、しゆとす。氣はたいに之れつるものなり。凡そ事を爲すに、氣を以てせんだうと爲さば、則ちきよたいしつそ無し。ぎのうこうげいも、亦皆かくの如し。


九一 靈光無障碍、則氣乃流動不餒、四體覺輕。
〔譯〕れいくわうしやうげ無くば、則ち乃ちりうどうしてゑず、したいかるきをおぼえん。


九二 英氣是天地精英之氣。聖人薀之於内、不肯露諸外。賢者則時時露之。自餘豪傑之士、全然露之。若夫絶無此氣、爲鄙夫小人、碌碌不算者爾。
〔譯〕英氣は是れ天地せいえいの氣なり。聖人は之を内にをさめて、あへこれを外にあらはさず。賢者は則ち時時之をあらはす。じよ豪傑の士は、全然之をあらはす。えてこのなき者の若きは、ひふ小人と爲す、ろく/\としてかぞふるに足らざるもののみ。


九三 人須忙裏占間、苦中存樂工夫
〔譯〕人は須らくばうりかんめ、くちゆうらくを存ずる工夫をくべし。
〔評〕南洲岩崎谷洞中に居る。砲丸雨の如く、洞口を出づる能はず。詩あり云ふ「百戰無功半歳間、首邱幸得家山。笑儂向死如仙客。盡日洞中棋響間」(編者曰、此詩、長州ノ人杉孫七郎ノ作ナリ、南洲翁ノ作ト稱スルハ誤ル)謂はゆるばう中に間を占むる者なり。然れども亦以て其の戰志無きを知るべし。余句あり、云ふ「可見南洲無戰志。砲丸雨裡間牽犬」と、是れじつろくなり。


九四 凡區處人事、當先慮其結局處、而後下上レ手。無楫之舟勿行、無的之箭勿發。
〔譯〕凡そ人事をくしよするには、當さに先づ其のけつきよくの處をおもんぱかりて、後に手を下すべし。かぢ無きの舟はなかれ、まと無きのはなつ勿れ。


九五 朝而不食、則晝而饑。少而不學、則壯而惑。饑者猶可忍、惑者不奈何
〔譯〕あさにしてくらはずば、ひるにしてう。わかうして學ばずば、壯にしてまどふ。饑うるは猶しのぶ可し、まどふは奈何ともす可からず。


九六 今日之貧賤不素行、乃他日之富貴、必驕泰。今日之富貴不素行、乃他日之患難、必狼狽。
〔譯〕今日のひんせんそかうする能はずば、乃ち他日のふうきに、必ずけうたいならん。今日のふうきそかうする能はずんば、乃ち他日のくわんなんに、必ずらうばいせん。
〔評〕南洲、けんしよくに居りくんこうふと雖、身極めてしつそなり。朝廷たまふ所のしやうてん二千石は、こと/″\く私學校のつ。ひんこんなる者あれば、のうかたぶけて之をすくふ。其の自ら視ることかんぜん〈[#「陷のつくり+欠」、65-6]〉として、びせんの時の如し。


九七 雅事多是虚、勿之雅而耽上レ之。俗事却是實、勿之俗而忽上レ之。
〔譯〕がじ多くは是れきよなり、之をと謂うて之にふけること勿れ。俗事却て是れ實なり、之を俗と謂うて之をゆるがせにすること勿れ。


九八 歴代帝王、除唐虞外、無眞禪讓。商周已下、秦漢至於今、凡二十二史、皆以武開國、以文治之。因知、武猶質、文則其毛彩、虎豹犬羊之所以分也。今之文士、其可武事乎。
〔譯〕れきだいの帝王、たうぐのぞく外、眞のぜんじやうなし。しやうしういかしんかんより今に至るまで、凡そ二十二史、皆武を以て國を開き、文を以て之を治む。因つて知る、武は猶しつのごとく、文は則ち其のまうさいにして、こへう犬羊の分るゝ所以なるを。今の文士、其れ武事を忘る可けんや。


九九 遠方試歩者、往往舍正路、※〈[#「走にょう+多」、66-3]〉捷徑、或繆入林※〈[#「くさかんむり/奔」、66-3]〉、可嗤也。人事多類此。特記之。
〔譯〕えんぱうに歩をこゝろむる者、往往にしてせいろすてて、せうけいはし〈[#「走にょう+多」、66-5]〉り、或はあやまつてりんまう〈[#「くさかんむり/奔」、66-5]〉に入る、わらふ可きなり。人事多く此にるゐす。とくに之をしるす。


一〇〇 智仁勇、人皆謂大徳難一レ企。然凡爲邑宰者、固爲親民之職。其察奸慝、矜孤寡、折強梗、即是三徳實事。宜能就實迹以試之可也。
〔譯〕智仁勇は、人皆たいとくくはだて難しと謂ふ。然れども凡そいふさいたる者は、固としんみんしよくたり。其のかんとくを察し、こくわあはれみ、きやうかうくじくは、即ち是れ三徳の實事なり。宜しく能く實迹に就いて以て之をこゝろみて可なるべし。


一〇一 身有老少、而心無老少。氣有老少、而理無老少。須能執老少之心、以體老少之理
〔譯〕身にらうせう有りて、心に老少無し。氣に老少有りて、理に老少無し。須らく能く老少無きの心をつて、以て老少無きの理をたいすべし。
〔評〕ばくふ南洲にわざはひせんと欲す。はんこう之をうれへ、南洲をおほしまざんす。南洲へんざんせらるゝこと前後數年なり、而て身益さかんに、氣益さかんに、讀書是より大に進むと云ふ。

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