でうすの御掟十のまだめんとすの事 (新漢字)

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• 底本：村岡典嗣 編『吉利支丹文学抄』,改造社,大正15. 国立国会図書館デジタルコレクション:info:ndljp/pid/971193/1/171
• 一部に原文には無いふりがなを加筆しています

でうすの御掟十のまだめんとすの事

弟子◦右には◦はやよく達して◦でうす　へ物を乞（こひ）奉り◦信じ奉る為に肝要なる儀を顕（あらは）し給ひし也。今また◦善を勉むる道を教へ給へ

師匠◦保つ為に◦でうす　の御（ご）掟（おきて）のまだめんと◦さんた◦ゑけれじやのまだめんとを知り◦同じく斥（しりぞ）くべき為には◦もるたる科（とが）を知る事専（もつぱ）ら也

弟◦でうす　の御（おん）掟（おきて）のまだめんとすとは何事ぞや

師◦万民（ばんみん）これを保つべき為に◦おん主（あるじ）　でうす　よりぢきの授け給ふ御（ご）掟（おきて）條々なれば也。まだめんととは御（おん）掟（おきて）の事也

弟◦御（ご）掟（おきて）のまだめんととは何箇條ありや

師◦十箇條あり。是即ち二ツに分る也。始めの三箇條は御主　でうす　に対し奉りて勉むべき道を教へ◦今七箇條は人に対しての道を教ゆる者也

御（ご）掟（おきて）のまだめんとす

第一◦御（ご）一体の　でうす　を敬（うやま）ひ尊（たつと）み奉るべし

第二◦でうす　の尊き御名にかけて◦虚しき誓（ちかひ）すべからず

第三◦御（ご）祝（しゆく）日（にち）を勤め守るべし

第四◦父母（ぶも）に孝行すべし

第五◦人を殺すべからず、

第六◦邪淫を犯すべからず

第七◦偸盗（ちうたう）すべからず

第八◦人に讒言を懸くべからず

第九◦他（た）の妻を恋（こひ）すべからず

第十◦他（た）物（もつ）を猥（みだり）に望むべからず

右この十箇條は凡て二箇條に極（きはま）る也。一ツには御一体の　でうす　を◦万事に超へて大切に存じ奉るべき事。二ツには我身の如くぷろしもを思へといふ事これ也

弟◦第一のまだめんとをば何と様（やう）に勤むべきや

師◦まことの　でうす　御一体を拝（おが）み奉り◦御奉公をぬきんで◦我等が御（ご）合力（かうりよく）と◦御返報を頼（たの）母（も）敷（しく）待奉り◦我等が吉事の源にて座（おは）しませば◦是等の事を頼み奉るべし。又御作の物を　でうす　の如く敬はざるを以て◦このまだめんとを奉るべし。又御作の物を　でうす　の如く敬はざるを以て◦このまだめんとを保つ者也

弟◦びるせん◦さんた◦まりや◦又その外（ほか）のべやと達をば何と様に拝み奉るべきや

師◦でうす　の如くには拝し奉らず◦たゞ　でうす　のがらさを以て現（げん）世（せ）にて善行（ぜんぎやう）を勤め給ひ◦奇（き）特（どく）なる御所作を為されたる御人（おんひと）なれば◦今　でうす　の御内証に叶ひ給ふに依て我等が御取なしてと用ひ◦拝（をが）み奉るべし

弟◦第二のまだめんとをば何と守るべきや

師◦まことの善の為と◦入るべき時より外は誓ひをする事なきを以て◦このまだめんとを守る也

師〔ママ〕◦まことに誓（ちかひ）をするとは何事ぞや

師◦偽りと知りながら◦誓文（せいもん）をする事◦又は真（まこと）か偽（いつはり）かと疑はしき事に誓ひをする事は◦でうす　を虚言（きよげん）の証拠（しようこ）に立て申すに依て◦縦（たとひ）軽（かろ）き題目なりといふとも◦もるたる科（とが）となる也

弟◦善の為に誓文するとは何事ぞや

師◦縦（たとひ）まことなる事に誓文をするといふことも◦よき事にあらずんば◦その題目に依てもるたる科（とが）か◦べにやる科（とが）かになる者也。譬（たと）へばもるたる科（とが）を犯さんとの誓（ちかひ）ならば◦もるたる科となり◦べにやる科を犯さんとの誓（ちかひ）をなさば◦べにやるとなる者也

弟◦いるべき時とは何事ぞや

師◦縦（たとひ）真実よき事に誓文するといふとも◦入らざる時に誓（ちかひ）をなす事によりて◦もるたる科（とが）にはあらずといふとも◦べにやる科（とが）をもるゝ事あるべからず

弟◦でうす　より外に別（べち）のものにかけて誓文をする事ありや

師◦中々あり。譬へばくるす◦べやと達か◦又は尊き事に懸けてか我命にか◦その外（ほか）いづれの御作の物にかけても誓をする事あり

弟◦空誓文（そらせいもん）をすまじき為の便りとなる事ありや

師◦常に誓文せざる様にたしなむ事也

弟◦然らば物の実（じつ）否（ぷ）をことはる為にはいかゞ言ふべきや

師◦或は真実◦又は疑ひなし◦必定（ひつぢやう）なりといふ言葉を以て徹すべし

弟◦第三のまだめんとをば何（なに）と守るべきや

師◦これを守るに二ツの事あり。一ツにはどみんごと◦ゑけれじやより触れ給ふ祝日（いはひび）に◦諸職（しよしよく）をやむる事也。但し免れぬ仔細ある時は◦所作をしても科（とが）にならざる事也。二ツには加様の日は◦一座のみいさを◦始めより終りまで拝み申す事也。是も煩ひか◦尤（もつと）もなる仔細ある時は◦拝まずしても科（とが）にはあらず。これらの仔細は◦以後ゑけれじやの五ツのまだめんとのうちに顕すべければ◦それをよく見（みる）べし

弟◦第四のまだめんとをば何と守るべきや

師◦親によく従ひ◦孝行をいたし◦敬ひを為し◦要ある時は力をそゆる事◦又下（げ）人（にん）たる者は其身の主人◦其外（そのほか）司たる人々に従ふに◦ゆるかせなきを以て◦このまだめんとを守る也

弟◦父母（ぶも）主人◦司たる人より◦科となる事をせよと云付られん時も従ふべきや

師◦親◦主人◦司たる人によく従へといふ事は◦科（とが）にならざる事を言はれん時の事也。でうす　の御（ご）掟を背き奉れと言はれん時の事にはあらず

弟◦第五のまだめんとをば何と守るべきや

師◦人に対してあたをなさず◦害せず◦傷をつけず◦是等の悪事を人の上に望まず◦喜ばざるを以て保つ者也。所以者何人は皆　でうす　の御（おん）写（うつし）に作り給へば也

弟◦人にあたを為し◦折檻し◦又は害すること叶はずと警（いまし）め給ふにをひては◦国家を治むる道は如何あるべきや

師◦この御（ご）掟の箇條を以て◦すぐなる題目ありとても◦弓矢を取るべからず◦又は撿断（けんだん）の人より科人を折檻し◦成敗する事勿れとのいましめには非ず◦却つて罪人を折檻し◦成敗する事なくんば◦その科（とが）撿断にかゝるべきもの也。たゞこの箇條は◦その役に当らずして無理に人を殺し◦あたを為すべからずとの儀也

弟◦主人として被官を成敗する事叶ふまじきや

師◦我（わが）進退する者共の犯したる科（とが）を◦軽重（きやうぢう）に従ひ◦似合の折檻を加ゆる事叶ふといへども◦殺す事は◦最も深き題目あらん時◦確かに糺明（きうめい）して人を殺す程の確かなる許しを持（もち）たる人なるにをひては◦苦しからざる儀也

弟◦最も深き題目と◦同じく人を殺すほどの確かなる許しとは何事ぞや

師◦深き題目とは◦萬（よろ）づの折檻の中に人の命を果す事は◦一大事の折檻なれば◦深き誤りなくして殺すこと◦最も非道なる事也。又人を殺す程の確かなる許しと言ふは◦誰にもあれ人を殺す事は◦道理にはづれ◦国家の為にならず◦只上より確かなる許しある人にのみ当（あた）る儀也

弟◦人の上に悪事を望まざれとは如何なる事ぞ

師◦人に対して遺恨を含み◦悪を為したく思ひ◦或ひは仲を違（たが）ひ◦言葉を交（かわ）さぬ事は◦このまだめんとを背く儀也

弟◦第六のまだめんとを何と保つべきぞ

師◦言葉所作を以て◦男女（なんによ）ともに淫乱の科（とが）を犯すべからず◦又は自ら犯す事も同じ科也

弟◦何とて言葉所作を以てとは宣ふぞ。心に之を望む事も◦同じき科となるべきや

師◦心中（しんぢう）に望む事も科（とが）なれども◦それは第九のまだめんとを破る別（べち）の科也

弟◦このまだめんとを保つ為の便りとなること如何に

師◦御（おん）主（あるじ）　でうす　より◦夫婦の御（おん）定（さだめ）を第一になし給ひ◦其外あまたの事の中に◦食物◦飲物をあくまでにせざる事◦悪（あし）き友と交りを止むる事◦恋（こひ）の歌◦恋の草紙を読まず◦恋の謡を謳（うた）はず◦叶ふにをひては聞かざる事也。なほ肝要なる事と云は◦このまだめんとを保つべき為に◦御主　でうす　へ御力を頼み奉り◦又は科（とが）に落る頼りとなる事を斥（しりぞ）くべき事

弟◦第七のまだめんとをば何と保つべきや

師◦他人の財宝を◦何なりともその主（ぬし）の同心なくして取（とる）事も◦止（とゞ）めおく事もあるべからず。人にもこれらの事をすゝめず◦その合力（かうりよく）をもせず◦その頼りともなるべからず

弟◦人の物を盗みたく思ふ事は◦このまだめんとを破る科に非ずや

師◦科（とが）なれども◦それは第十（じつ）箇條目のまだめんとを背く別（べち）の科也

弟◦第八のまだめんとをば何と保つべきや

師◦人に讒言を言掛けず◦そしらず◦人の隠れたる科（とが）を顕すべからず。然りといへどもその人の科を引返さすべき心宛にて◦司たる人に告知らせ申す事は叶ふ也。人の上に邪推せず◦虚言（きよごん）は云ふべからず

弟◦第九のまだめんとをば何と分別いたすべきぞ

師◦他人の妻を恋（こひ）せず◦其外恋（れん）慕（ぼ）に当る事を望む可らず。淫乱の妄念に与（くみ）せず◦又はそれに喜び◦執着する事もあるべからず

弟◦淫乱の念のおこる度每に科（とが）となるや

師◦其儀に非ず◦その念を喜ばず◦それを捨（すつ）る時は却つて功（く）力（りき）となる者也。若（もし）又その念に同心せずといふとも◦心に止め喜ぶ時は科（とが）となる也

弟◦第十のまだめんとをば何と心得べきぞ

師◦他人の財宝をみだりに望むべからず

弟◦今この十箇條のまだめんとは◦二ツに極（きはま）るといへる事を示し給へ。その二ツとは如何なる事ぞ

師◦万事に超へて　でうす　を御大切に思奉る事◦我身を思ふ如く◦ぷろしもとなる人を大切に思ふ事これ也

弟◦万事に超へて　でうす　をば、何と様に御大切に思ひ奉るべきや

師◦財宝◦誉れ◦父母◦身命これらの事に対して◦でうす　の御（ご）掟を背き奉らずして◦たゞ一遍（いつぺん）に御大切に思奉るに極（きはま）る也

弟◦でうす　の御掟を守る為の頼りは何（いづ）れぞや

師◦その頼りは大き也。取分（とりわき）ねやを起上りてよりは◦でうす　の御（ご）恩を存じいだし◦御礼を申上奉るべし。又其の日御（ご）掟を背かずして御内証（ないしよう）に従ひ◦身を修むる為に御守りを頼り奉り◦おらしよを申奉るべし

弟◦ねさまにも怠らずその分勤むる為には何事をすべきや

師◦まづねさまに其日の心と◦言葉と◦所作の糺明をし◦後悔を以て犯せる科（とが）の御許しを乞（こひ）奉り◦同じくがらさを以て進退（しんだい）を改めんと思定め◦似合のおらしよ申上べき事也

弟◦ぷろしもとなる人をば◦我身の如くには何と様に思ふべきや

師◦でうす　の御（ご）掟に従つて◦我身の為に望む程の好き事を人に対しても望むべき者也

弟◦でうすの御掟に従つてとは如何なる事ぞ

師◦こゝに仔細あり。でうす　の御掟に背きて◦人の為に何事なりとも望む時んば◦縦（たとひ）我身の為に望むまじき事なりと云とも◦我身の如くに人を思ふには非ず◦たゞ我身を憎む如くに人を憎む事也

脚注

巻末附録「第三　欧語抄」より

○ゑけれじや〔さんた〕　Ecclesia　教会

○おらしよ　Oratio　祈念、経

○がらさ　graça　聖寵

○くるす　Cruz　十字架

○でうす　Deus　「真の主」「天主」「天帝」

○どみんごす　Domingos　日曜日

○びるぜん　Virgem　童貞

○ぷろしも　Proximo　隣人

○べやと　Beato　福者

○まだめんと　Mandamento　「御掟」　誡

○まりや〔さんた〕　Maria, S.　聖母

○みいさ　Missa　「ヽヽヽとは御主ぜすゝきりしとの御色身と御血と、ともにさきりひいしよとて、捧物として、でうすぱあてれに活きたる人死したる人の為に捧げ奉る也」弥撒（みさ）

○もるたる〔科〕　Mortal　「もるたるとは命をたつといふ意也」（どちりな）

〈投稿者註：モルタル科（大罪）に対してベニアル科（べにやる科）は小罪の意〉

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