こんてむつすむんぢ 御 ( おん ) 主 ( あるじ ) ぜすきりしとを學 ( まな ) び奉 ( たてまつ ) る經 ( きやう ) 抄
○讀誦 ( どくじゆ ) の人に對して草す
このこんてむつすむんぢ◦日域 ( じちいき ) にをひて◦ぜすゝ のこんぱにやのすぺりおうれす御 ( ご ) 發 ( ほつ ) 機 ( き ) に依て◦らちんの證本 ( せうほん ) より確かに飜譯し◦校合 ( けうがう ) 度々 ( どど ) に及んで◦深 ( じん ) 旨 ( じ ) を和げて以て梓 ( し ) にちりばむ。これ でうす の道を行 ( ゆ ) き◦後 ( ご ) 生 ( しやう ) を扶 ( たす ) かりたく思ふ人を◦躓かず導くこと最も大切なる義なれば◦當門 ( たうもん ) こんぱにやの使徒◦並びに世俗の輩をして◦讀易からしめんが爲なり。然 ( しか ) るにこの書のうちにをひて◦德深き事多しといへども◦わきて德を求めんとの志願を以て◦之を讀誦せん人◦いづれのところをなりとも開き見ば◦今我爲 ( わがため ) に肝要の理 ( ことわ ) りを記されたりと辨 ( わきま ) へざる事あるべからず。所詮 ( しよせん ) ◦でうす の計りなき善の源にて在ますおん上より◦この賜 ( たまもの ) を與へ給へば◦歡 ( くわん ) 喜 ( ぎ ) 踊 ( ゆ ) 躍 ( やく ) の心を以て◦この書 ( しよ ) 卷 ( くわん ) を常に翫 ( もてあそ ) び◦讀みては讀み◦幾度 ( いくたび ) も讀返して◦善の道の師範とあふぐべきもの也
○世界の實 ( み ) の無き事をいやしめ御 ( おん ) 主 ( あるじ ) ぜすきりしと を學び奉ること
御 ( おん ) 主 ( あるじ ) の宣 ( のたまは ) く Qui sequitur me, non ambulat in tenebris, sed habebit lumen vitae. Ioan. 8. 我を慕ふ者は暗 ( やみ ) 路 ( ぢ ) を行かず◦たゞ壽命の光を持つべしと也。心の暗 ( やみ ) を逃れ◦まことの光を受けんと思ふにをひては◦きりしと の御 ( ご ) 行跡 ( かうせき ) と御 ( おん ) 氣 ( かた ) 質 ( ぎ ) を學び奉れと◦この御 ( み ) 言 ( こと ) 葉 ( ば ) を以て勸め給ふ也。然 ( しか ) る時んば◦きりしと の御行跡の患難 ( かんなん ) を◦我等が第一の學問とすべし。きりしと の御 ( おん ) 敎 ( をしへ ) は諸々の善人の敎に勝 ( すぐ ) れ給へり。善の道に立入りたらん人は◦御 ( ご ) 敎 ( をしへ ) にこもる不可思議の甘 ( かん ) 味 ( み ) を覺ゆべし。然 ( しか ) るに多くの人◦きりしと の御 ( み ) 法 ( のり ) を繁く聽 ( ちやう ) 聞 ( もん ) すれども◦發 ( ほつ ) 機 ( き ) 少きことは◦きりしと の御 ( ご ) 內 ( ない ) 證 ( せう ) に値 ( ち ) 遇 ( ぐう ) し奉らぬ故也。きりしと の御 ( み ) 言葉を味ひ深く◦達して分別し奉らんと思ふにをひては◦我身の行 ( ぎやう ) 儀 ( ぎ ) を◦こと〴 〵 く きりしと に等しくし奉らんと歎くべし。へりくだる心なきによつて◦ちりんだあでの御 ( ご ) 內證 ( ないせう ) を背き奉るにをひては◦そのちりんだあでの高きおん理 ( ことわ ) りを論じても何の益ぞ。まことに媚びたる言葉は◦人を善人にも正しき人にも爲さず◦たゞ善の行 ( ぎやう ) 儀 ( ぎ ) こそ◦人を でうす に親しませ奉るものなれ。こんちりさんといふ後悔の理 ( ことわ ) りを知るよりも◦このこんちりさんを心に覺ゆる事は◦なほ好ましき事也。びぶりやといふ尊 ( たつと ) き經 ( きやう ) 文 ( もん ) の文 ( もん ) 句 ( く ) をこと〴 〵 く暗 ( そら ) んじ◦諸々の學 ( がく ) 匠 ( しやう ) の語 ( ご ) を皆知りても◦でうす の御 ( ご ) 大切 ( たいせつ ) とその御 ( ご ) 合 ( かふ ) 力 ( りよく ) なくんば◦これ皆何の益かあらん。でうす 御 ( ご ) 一體 ( いつたい ) を大切に思ひ◦仕へ奉るよりほかは◦皆實 ( み ) もなき事の中の實 ( み ) もなき事也。この世を厭ひて◦天の御國 ( おんくに ) に志すこと◦最上の智惠なり。かくの如くある時んば◦過 ( すぎ ) 去 ( さ ) る福德をたづね求め◦それに賴みをかくる事は◦實もなき事也。位◦譽れを望み歎き◦身をたかぶる事も又◦實もなき事也。骨肉の欲するに任せ◦以後甚だ迷惑すべき事を望むは◦實もなき事也。行儀の正しからん事をば歎かずして◦長命を望むは◦實もなき事也。現在の事をのみ專 ( もっぱら ) として◦未來を覺悟せざること實もなき事也。さしも早く過去る事に愛 ( あい ) 着 ( ぢやく ) して◦長き樂みのあるところへ急がざる事◦實もなき事也。 Oculus non vidit, nec auris audivit, nec in cor hominis ascendit, quae preparavit Deus his qui diligunt illum. ⅰ. Cor. 2. 眼 ( まなこ ) は見る事に明 ( あ ) かず◦耳は聽くことを以て達せずといへる貴き經文の語を◦常に思出すべし。然 ( しか ) る時んば◦目前の事より心を離し◦目に見へざるところに心を移すやうに◦歎くべし。その故は色身 ( しきしん ) のみだりに望む事を慕ふ者は◦その身のこんしゑんしやを汚 ( けが ) し◦でうす の御加護なるがらさを失ひ奉る也
○內證 ( ないせう ) の閑談の事
御 ( おん ) 主 ( あるじ ) の御 ( み ) 言葉に◦ Regnum Dei intra vos est. Luc. 17. でうす の御國は汝 ( なん ) 達 ( だち ) の內 ( うち ) にありと宣ふ也。心より でうす に立歸り奉り◦この墓 ( はか ) なき世界を厭ふべし。然らば汝のあにま寬 ( くつろ ) ぎを得べし。外 ( ほか ) なる事を捨て◦內 ( うち ) の事を專らとする道を習ふにをひては◦でうす の御 ( み ) 國 ( くに ) 來り給ふを見 ( みる ) べし。その故は◦でうす の御 ( み ) 國 ( くに ) は無事とすぴりつ◦さんとよりの喜びなり。是を罪人には與へられず。汝のうちに相應の御居所 ( きよしよ ) をととのゆるにをひては◦きりしと 汝に來り給ひ◦御身の喜びを覺えさせ給ふべし。御主の御威光とおんいつくしさは內證にあり◦また◦そこにをひて御感應をなし給ふ也。內證を專らとする輩 ( ともがら ) を常に音信 ( いんしん ) し給ひ◦睦 ( むつま ) しくともに語り給ひ◦感にたへたる喜びを抱 ( いだ ) かせ給ひ◦深甚 ( じんじん ) なる無事と有難き御懇切を彼に盡し給ふ也。さても二心なきあにま◦この御主汝に來り給ひてともに居住し給ふ樣に◦心中を調 ( ととの ) へよ。その御言葉に Si quis diligit me, sermonem meum servabit ; et Pater meus diliget eum, et ad eum veniemus, et mansionem apud eum faciemus. Ioan. 4. 我を思ふ者は我言葉を保つべし。又わが御親もその人を思ひ給ひ◦又御親と共に彼に至り◦居住すべしと也。
かるが故に◦きりしと の御ためには心中に道をあけ◦余 ( よ ) にはこと〴 〵 く門を閉ぢよ。きりしと を持ち奉るにをひては◦裕富の身となり◦足んぬすべし。萬事について汝を貢 ( みつ ) ぎ給ひ◦おん賴 ( たの ) 母 ( も ) しく御才覺を加へ給ふべきに依て◦人の合 ( かう ) 力 ( りよく ) を待つに及ぶべからず。その故は◦人は早く變り◦困窮する事易しといへども◦きりしと は長く屆き給ひ◦末まで變動し給ふ事なし。縱 ( たとひ ) 得 ( とく ) ありても又は親しくても◦弱くあだなる人に賴みをかくべき事に非ず。又時として向 ( むか ) ふ指 ( ざ ) すとなり◦敵といふとも◦深く悼むべき事にあらず。今日 ( けふ ) は味方たるものゝ明日 ( あす ) は敵となり◦又敵と思ひしものゝ味方となる事もあれば◦風の變るに異らず。かるが故に◦汝の賴みを悉く でうす にかけ奉り◦即ち汝の恐れ奉るべきも◦大切に思ひ奉るべきも◦この君なるべし。御主汝が代りとして答へ給ひ◦汝が爲によきやうにとゝのへ給ふべし。こゝには住 ( すみ ) 果 ( は ) つべき住所なし。何處 ( いづく ) へ行きても旅人也。即今 ( そつこん ) より きりしと に合體し奉らんまでは◦寬 ( くつろ ) ぎといふ事あるべからず。こゝは汝の寬ぐべき所にあらざるに◦何に心を止 ( とど ) むるぞ。汝の住所は天なれば◦世界の事をば◦たゞ通り行く路次 ( ろし ) の如くに見るべき事也。萬事は過去り◦汝も亦◦共に過行く也。これらに繫 ( け ) 縛 ( ばく ) せられ亡ぼさるまじき爲に◦彼に執着する事勿れ。汝の念慮をば高く上げ◦汝のおらしよをば絕 ( たえ ) ず きりしと へ捧げ奉るべし。天上の幽玄なる事を工夫する樣 ( やう ) を知らずんば◦ぜすきりしと の御 ( ご ) ぱしよんに心を止 ( とど ) め◦尊 ( たつと ) き御傷 ( おんきづ ) に安住して◦そこを心の栖 ( すみ ) 家 ( か ) とせよ。その故はかの價高き奇妙なる御傷に◦信心を以て近付き奉るにをひては◦難儀の時節◦大きなる力を得 ( え ) ◦人のいやしむ事をも何とも思はず◦惡口する者の言葉をもたやすく堪忍すべし。ぜすきりしと も世界にをひて賤しめられ給ひ◦御難儀を凌がせられ◦人よりいやしめられ給ふに◦汝は何を述懷 ( しゆつくわい ) するぞ。きりしと は御身を嘲 ( あざけ ) り敵 ( てき ) 對 ( た ) ふ者を持給ひしに◦汝は萬民を味方となし◦諸人よりほめあがめられたく思ふや。敵 ( てき ) 對 ( た ) ふ事いさゝかもなくば◦何を以てか堪忍のかむりを與へらるべきぞ。きりしと に對し奉りて敵 ( てき ) 對 ( た ) ふ事を凌がずんば◦何を以てか きりしと の御 ( ご ) 知 ( ち ) 音 ( いん ) とはなり奉るべき◦きりしと ともに御代 ( みよ ) を保たんと思ふにをひては◦きりしと に對し奉りて◦諸共に難儀を忍ぶべし。たゞ一度なりとも◦ぜすきりしと の御內證に◦達して昵近 ( じつきん ) にし奉り◦その燃立ち給ふ御大切を些 ( いささ ) かも味ひ奉るにをひては◦汝の損德に拘はる事なく◦却て人より恥辱をしかけらるゝなほ喜ぶべし。その故は◦ぜすゝ の御大切は、我と身をいやしめさせ給ふもの也。ぜすきりしと を眞實に思ひ奉り◦妄執を離れて自由解脫に至りたる者は◦妨げなく でうす に逢 ( ぶ ) 着 ( ぢやく ) し奉り◦善の催しによつて我と身を忘れ◦念慮を天に通じ◦甘味に貪 ( とん ) じて でうす に寬ぎ奉る事叶ふべし。萬事を人の思ひさたする如くにはあらずして◦たゞありのまゝに知覺する輩 ( ともがら ) は◦まことの智者也。これ人の指南にあらず◦でうす より直 ( ぢき ) に敎へられ奉る人也。心中に閉 ( とぢ ) こもり◦外なる事をないがしろにする道を知る者は◦信心の所作を勉むる爲に◦所がらをも又時節をも選ばぬ也。內證に立入りたる人は◦外の事に全く心を散らす事なきが故に◦たやすく心中に引こもるもの也。肝要なる時は◦外の辛勞も故障も妨げとならず◦たゞ物に應じ時に從つて變 ( へん ) 化 ( げ ) する也。內心を丈夫にをさめ◦すはりたる者は◦變り易く奸 ( かん ) 曲 ( きよく ) なる人間 ( にんげん ) 氣 ( き ) には拘 ( かかは ) らぬ也。外の事は身に寄付 ( よせつく ) る程心を散らし◦身の妨げとなる也。心正直に直 ( すぐ ) ならば◦萬事は吉 ( きち ) 事 ( じ ) となり◦得 ( とく ) と變ずべし。さりながら種々の氣ざかひなる事◦心を亂す事の多きは。未だ汝の身に達して死せず◦世界の事に離れざる故也。御 ( ご ) 作 ( さく ) の物に妄 ( みだり ) に執着 ( しゆうぢやく ) する程◦心を汚 ( けが ) し繫 ( け ) 縛 ( ばく ) せらるゝ事なし。色身の墓 ( はか ) なき慰みを嫌ふにをひては◦さい〳 〵 天の御事を思案し奉り◦あにまの喜びに樂しむべき事◦叶ふべき者也
○淸淨 ( しやうじやう ) なる心と偏 ( ひとえ ) なる心 ( こゝろ ) 宛 ( あて ) の事
人は二ツの翼を以て◦世界の事より飛上 ( とびあが ) るものなり。それといふは◦正 ( しやう ) 直 ( ぢき ) なることと潔 ( いさぎよ ) きこと也。正直なる事は心 ( こゝろ ) 宛 ( あて ) にあり◦潔 ( いさぎよ ) きことは好む所にあるべき也。正直なる心は でうす に眼 ( まなこ ) をつけ奉り潔 ( いさぎよ ) き心 ( こゝろ ) 宛 ( あて ) を以て懷 ( いだき ) 付 ( つ ) き味ひ奉る也。心 ( しん ) 中 ( ぢゆう ) にをひて◦萬 ( よろ ) づの妄 ( まう ) 執 ( しゆう ) を全く切斷したるにをひては◦何たる善 ( ぜん ) 作 ( さ ) も妨げとなることあるべからず。でうす の御 ( ご ) 內證 ( ないせう ) に叶 ( かな ) ひ奉ること◦人の德になる事より外を◦歎かず尋ねざるにをひては◦心中自由にあるべき也。汝の心すぐならば◦あるしきの御作のものは◦皆行儀の鏡◦尊 ( たつと ) き御 ( おん ) 敎 ( をしへ ) の經文となるべし。いかに小さく下賤なる御作のもの也とも◦でうす の御善德を現し奉らぬはなし。汝の心善にして淸淨 ( しやうじやう ) ならば◦何 ( なん ) の障りもなく萬事よき方 ( かた ) に思ひとるべし。潔 ( いさぎよ ) き心は◦天をもいんへるのをも拔け通る也。面々の內證 ( ないせう ) の善德に從つて◦世のものゝ上をも察する也。世界にをひて賴 ( たの ) 母 ( も ) しといふ事あらば◦心の淸き人之を持つ也。若 ( もし ) 又汝◦心 ( こころ ) 苦 ( ぐる ) しき事みちたる所ありと言はゞ◦心の惡しき人之を覺ゆる也。黑金 ( くろがね ) は火中にてその錆を落し輝 ( かがや ) く如く◦でうす に全く立歸り奉る人は◦ぬるき心はなれ◦新しき人に成變る也。人ぬるくなり始むる時は◦わづかの辛勞を恐れ◦世界の喜びにうつらふ也。然りといへども◦達して我身に克ち◦でうす の御奉公に精進になり始むる時は◦以前かたく思ひし事も◦たやすく覺ゆるもの也
○智惠を明 ( あき ) らめ給はん爲のおらしよの事
いかに ぜすきりしと 量りなき御光明の光 ( くわう ) 曜 ( よう ) を以て◦わが心を明 ( あき ) らめ◦心の暗 ( やみ ) を輝 ( てら ) し給へ。妄想の散亂する事を拂ひ給ひ◦我を責むるてんたさんの障 ( しやう ) 礙 ( がい ) を滅し給へ。我味方となり給ひて◦强く戰ひ給へ。獸 ( けだもの ) となる撫 ( ぶ ) 育 ( いく ) の病 ( やまふ ) を從へ給へ。これ即ち御 ( おん ) 力を以て無事を得 ( え ) ◦尊 ( たつと ) き御 ( ご ) 殿宅 ( でんたく ) となり淸き心を以て御身を尊 ( たふと ) み奉る聲をひゞかすべきため也。風波に御下知を爲されよ。又大海に靜まれと宣へ。又北風に吹く勿れと御下知なされよ。然らば即ち謐 ( しづ ) まるべし。御光りとまことを下し給ひて◦地 ( ち ) 上 ( じよう ) を輝 ( かがや ) かし給へ。その故はおん身我を輝かし給はぬ間は◦我はたゞ益 ( やく ) なく空虛なり◦土なり。御身のがらさを上より下し給ひ◦我心を强め◦勝れてよき身を生ずべき爲に地上を潤し◦信心を起し給へ。終りなき娛 ( ご ) 樂 ( らく ) の甘露を甞 ( な ) めて◦現世の事の思案等を氣苦しく思ふやうに◦罪科 ( つみとが ) の重荷をせおひたるあにまを引上げ給ひて◦我望みを全く天の事につけ給へ。御 ( ご ) 作 ( さく ) のものより來るほどの過去る喜びを◦我より引離し給へ◦その故が何たる御作のものも◦わが望みを達して寬 ( くつろ ) げ喜ばする事叶はず。解けがたき御大切の結びを以て◦御身に値 ( ち ) 遇 ( ぐう ) させ給へ◦その故は御身御 ( ご ) 一體 ( いつたい ) のみ思ひ奉る人の爲に◦滿足なり給ひ◦御身在 ( まし ) まさずしては◦萬事も味なく益なし
○實 ( み ) もなき世間の學問に對する心持の事
いかに子◦人間の面白くこびて連ねたる言葉に心を靡 ( なび ) くる事勿れ。その故は◦でうす の御 ( み ) 國 ( くに ) は言葉にはなし◦たゞ善德にあり。人の心を燃立たせ◦あにまを明らめ◦科 ( とが ) を悔い悲ませ◦誠の心の喜びを起す我言葉を觀ぜよ。學匠なりと見らるべき爲に物を讀む事なかれ。たゞ惡の根を切るべき道を修行せよ。その故は◦多くの問難 ( もんなん ) を知明 ( しりあき ) らめたるよりも◦これはなほ德となるべし。多くの理 ( ことわ ) りを讀誦し識得 ( しきとく ) したらん時◦一ツの根本 ( こんぽん ) に立歸る事肝要也。我は人に學問を敎へ◦人間の敎ゆる事叶はざる明らかなる智慧を◦初心の者になほ與ゆる也。我より語りきかする者は即ち智識となり◦速かに善道に先へ行く也。でうす に仕 ( つか ) へ奉る道を心懸ずして◦當時面白く消ゆる事をのみ好み◦人より習はんとする者は◦不 ( ふ ) 便 ( びん ) なる事哉。諸々の師匠の師匠◦諸々のあんじよの御主にて在ます ぜすきりしと 面々の稽古◦學問の程を聞き給はん爲にまみへ給ふ時節◦到來すべし。それと云ば◦人々のこんしゑんしやと行跡 ( かうせき ) を糺明 ( きうめい ) し給ひ◦又蠟燭 ( らうそく ) をともして◦いゑるされんとなる人の心中を訪ね探り給ふ時◦來るべきもの也。暗 ( やみ ) に隱れたる事も皆現れ◦諸人の問難皆口を閉づべし。我は謙 ( へりくだ ) りたる人の智惠を引上げ◦學校にて十年習ひたる學德よりも◦刹那のうちに終りなきまことの道と學問を◦辨へさする也。我は言葉の音なく◦異說の心々なる亂れもなく◦我慢の規則もなく◦諍 ( じやう ) 論 ( ろん ) の問難もいらずして敎ゆる也。我は土の事を卑め◦現世の事を嫌ひ◦終りなき事を尋ね◦終りなき事をあまなひ◦譽 ( ほま ) れを逃げ◦妨げを凌ぎ◦全く我に賴みをかけ◦我より外何も望まず◦燃立つ心を以て萬事に越へ◦我を大切に思ふ道を敎ゆる也。その故は◦或人は◦我を發端 ( ほつたん ) より大切に思ふを以て◦妙なる理りを習ひ◦幽玄なる理りを學問するよりも◦萬事を捨つるを以て◦なほ智德を得さする也。或人には常の事を語り聞かせ◦或人には一かどなる事を言ひ聞かせ◦又人によりては假 ( け ) 相 ( さう ) のしるべ瑞 ( ずい ) 驗 ( げん ) を以て面白く現じ◦或人には隱れて深き理 ( ことは ) りを明かに吿 ( つげ ) 知 ( し ) らする也。經 ( きやう ) には同じ理 ( ことは ) りを書 ( か ) き顯 ( あらは ) はすといへども◦人に示す所は同じからず。その故は我は內證 ( ないせう ) のまことの敎 ( をしへ ) 手 ( て ) ◦人の心の探 ( さぐり ) 手 ( て ) ◦正 ( しやう ) 念 ( ねん ) の知 ( しり ) 手 ( て ) ◦所作の動 ( うごかし ) 手 ( て ) ◦面々の功 ( く ) 力 ( りき ) に相當する分量を正 ( たゞ ) し明 ( あき ) らめ◦それに從て配當する者也
○信心を以て尊 ( たつと ) きゑうかりすちやを申受け
來る道を敎へ給へと賴み奉る事
いかに御主◦御身の御 ( おん ) 位 ( くらゐ ) とわが卑しさを思案いたす時は◦大きに振 ( ふる ) ひ◦詮方なく赤面し奉る也。近付き申さゞれば命の源を逃げ◦又功 ( く ) 力 ( りき ) に及ばぬ身として近付き奉れば◦罪に落る也。然 ( しか ) れば御身は我 ( わが ) 御 ( ご ) 合 ( かう ) 力 ( りよく ) の爲され手◦時に臨んでの御意見者にて在ませば◦何と仕 ( つかまつ ) りて然るべからんか。直 ( すぐ ) なる道を我に敎へ給へ。ゑうかりすちやを申受け奉る爲に◦似合の勤めを敎へ給へ。その故はわが息災となる樣に◦御 ( おん ) 身 ( み ) のさからめんとを◦信心うやまひを以てとり行ひ奉る爲に◦我心を何と調 ( ととの ) へ奉らんかを知ること◦最も肝要也
巻末附録「第三 欧語抄」 より
○あにま Anima 「たましひ」 霊魂
○あんじよ Anjo 「天人」 天神
○いゑるされん Hierusalem 地名
○いんへるの Inferno 「地獄」
○ゑうかりすちや Eucharistia 「最上不思議のさからめんと」聖体、至聖秘蹟
○おらしよ Oratio 祈念、経
○がらさ graça 聖寵
○こんしゑんしや Consciencia 良心
○こんちりさん Contrição 痛悔
○こんぱにや Companhia 門派
○さからめんと Sacramento 秘蹟
○すぴりつさんと Spiritus Sanctus, Espiritu Santo, Espirito Santo 聖神
○すぺるおうれす Superiores 長老衆
○ぜすゝ きりしと Jesu Christo
○ちりんだあで Trindade 三位一体
○でうす Deus 「真の主」「天主」「天帝」
○てんたさん Tentação 誘惑
○ぱしよん Passio, Paixão 受難
○びぶりや Biblia 聖書
○らちん Latim 拉丁語
巻末附録「第四 聖書引用句索引」 より
○111頁 6行以下 約 8章12節
○113頁 8行以下 哥前 2章 9節
○114頁 3行以下 路 17章21節
○115頁 3行以下 約 14章23節
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原文:
この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメイン の状態にあります。
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翻訳文:
この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメイン の状態にあります。
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