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へ容易に出来ない仕業だのに、お前は其れをちやんとやつて見せて居る。お前に比べると、先生などは却つて耻かしい次第だ」

人の好い貝島は、実際腹の底から斯う感じたのであつた。自分は二十年も学校の教師を勤めて居ながら、一級の生徒を自由に治めて行くだけの徳望と技倆とに於て、此の幼い一少年に及ばないのである。自分ばかりか、総べての小学校の教員のうちで、よく餓鬼大将の沼倉以上に、生徒を感化し心服させ得る者があるだらうか。われ「学校の先生」たちは大きななりをして居ながら、沼倉の事を考へるとじくたらざるを得ないではないか。われの生徒に対する威信と慈愛とが、沼倉に及ばない所以のものは、つまりわれが子供のやうな無邪気な心になれないからなのだ。全く子供と同化して一緒になつて遊んでやらうと云ふ誠意がないからなのだ。だからわれは、今後大いに沼倉を学ばなければならない。生徒から「恐い先生」として畏敬されるよりも、「面白いお友達」として気に入られるやうに努めなければならない。………。

「そこで先生は、お前が此の後もます今のやうな心がけで、生徒のうちに悪い行ひをする者があれば懲らしめてやり、善い行ひをする者には加勢をして励ましてやり、全級が一致してみんな立派な人間になるやうに、みんなお行儀がよくなるやうに導いて貰ひたい。此れは先生がお前に頼むのだ。とかく餓鬼大将と云ふ者は乱暴を働いたり、悪い事を教へたりして困るものだが、お前がさうしてみんなの為めを計つてくれゝば先生もどんなに助かるか分らない。どうだね沼倉、先生の云つたことを承知したかね」

意外の言葉を聴かされた少年は、腑に落ちないやうな顔をして、優和な微笑をうかべて居る先生の口元を仰いで居たが、暫く立つてから、やう貝島の精神を汲み取る事が出来たと見えて、

「先生、分りました。きつと先生の仰つしやる通りにいたします」

と、いかにも嬉しさうに、得意の色を包みかねてニコニコしながら云つた。

貝島にしても満更得意でないことはなかつた。自分はさすがに、児童の心理を応用する道を知つて居る。一つ間違へば手に負へなくなる沼倉のやうな少年を、自分は巧みに善導した。やつぱり自分は小学校の教師として何処か老練なところがある。さう思ふと彼は愉快であつた。

明くる日の朝、学校へ出て行つた貝島は、自分の沼倉操縦策が予期以上に成功しつゝある確證を握つて、更に胸中の得意さを倍加させられた。なぜかと云ふのに、その日から彼が受持ちの教室の風規は、気味の悪いほど改まつて、先生の注意を待つ迄もなく、授業中に一人として騒々しい声を出す者がない。生徒はまるで死んだやうに静かになつて、しわぶき一つせずに息を呑んで居る。あまり不思議なので、それとなく沼倉の様子を窺ふと、彼は折々、懐から小さな閻魔帳を出して、ずつと室内を見廻しながら、ちよいとでも姿勢を崩して居る生徒があれば、忽ち見附け出して罰点を加へて居る。「成る程」と思つて、貝島は我知らずにほゝ笑まずには居られなかつた。だん日数を経るに従つて、規律はいよ厳重に守られて居るらしく、満場の生徒の顔には、たゞもう失策のない事を戦々兢々と祈つて居る風が、ありと読まれたのであつた。

「いや、皆さんはどうして此の頃こんなにお行儀がよくなつたのでせう。あんまり皆さんが大人しいので、先生はすつかり感心してしまひました。感心どころか胆を潰してしまひました」

或る日貝島は、殊更に眼を円くして驚いて見せた。「今に先生から褒められるだらう」と、内々待ち構へて居た子供等は、貝島のおつたまげたやうな言葉を聞かされると、一度に嬉し紛れの声を挙げて笑つた。

「皆さんがそんなにお行儀がいゝと、先生も実に鼻が高い。尋常五年級の生徒は学校中で一番大人しいと云つて、此の頃は外の先生たちまでみんな感心しておいでになる。どうしてあんなに静粛なんだらう、あ