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を伺ひ奉らんとてとくより參內しさふらふと申上られけれハよろこはせ給ひ座を賜ひてめされけり公信ハよへ天機に忤ひ奉られしをおそれみつゝしみ御前へ出られける龍顏殊にうるはしくさてもよへの忠諫叡感淺からすおほしめせり此後ハ御酒をいましめてたゝせ給ふへしよへの御ありさまかへす御恥かはしくおほしめすなり今よりいよ忠諫をいれ不德をたゝし嘉德をたすくへしとてよへとらせ給ふ御劔を御手つから賜はりけり公信ハ何と申上られん旨もなくたゝ涙をおさへて御前をまかり出られけり君々たり臣々たりありかたきためしなるへし

中古以來家々に私言を立て朝廷の典禮をみたるのおほきと年中行事に浮屠に溺るゝのおほきと有職の說に瑣鄙に泥めるのおほきとをいたましくおほしめしけるとなん

典禮ハ天秩に因へしと書しめられ殿字にかけさせられけり

文武天皇の御時始て釋奠を行はれたれハ聖學を信し誠敬を盡し今も行ふへしと仰ありけり高倉院の御侍讀に淸原賴業をめされけれとも殿上ハゆるされす砌に立て授け奉れり然るに其時賴業寵揚を得て禮記の中より大學中庸を抽出し敎奉るといふハ近きころの造言なり一己の私にて世を欺くハ禁止すへしと仰ありけり程朱の學を厚く尊信し給ひ程朱の學のひらけたるハ藤肅の功なりとて慶安辛卯九月十二日惺窩文集に御製の序を賜はりけり且惺窩の子爲景を擧て下冷泉家の絕たるを繼しめ給へり易經の講說をきこしめさんとおほしめしけるに朝山素心といふもの易傳義を講すと聞えて承應癸巳正月召れけり無位無官なれハ烏紗