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巾深衣を服せり聖人の道を尊ひ給へハ殿上にて講しめさるとなん素心年六十五といふ

承應癸巳六月禁闕祝融の災あり日あらす造營新に成けり御調度の奢靡華侈なるハ損抑し給へり衣服の製度をも正しくさせられまくおほし召けるとなん

承應甲午五月其夜御夢に天より神龍くたり南殿の階にふすこれにのりて天にいたり給ふと見させ給ひ黄帝龍に騎て天にのほるといへれハ德ハ及ふへきにあらねとも其兆ハおなしからんと御命數をしろしめしけるとなん其九月十九日宸庭に鶴來りてたてるを臣下よろこひ奉れとも鶴ハ天に翱翔すれハ登遐の徵とのたまひけり御痘瘡にて御惱重く衆醫の診療しるしなけれハ猶醫某々に拜診させられんを所司代牧野佐渡守申けれ共御命數をしろし召けんめされさりけり佐渡守ひたすらねかひて醫某に拜診をゆるさる御藥に及はす九月廿日崩御し給へり御年廿二なり尊卑老少なへて日月の光をうしなひしこゝちにうれひかなしひ奉りけり

大行の御時火化せらるゝと聞えけれハ御まなの御用を承れる納屋八兵衛といふもの深くなけき聖人の道に御志厚くおはしませしに其道にもとりて玉體を火化し奉らんハいかて叡慮にかなはんこれ非禮非忠の至りわれ骨を粉にし身を碎ても此事止はやとて仙洞御所女院御所をはしめ宮攝家幷に朝議にあつかり給ふ家々に參りて今至尊の玉體を火化せらるゝと聞ゆるハ御存在の叡慮にたかひ御神靈の幽旨にそむけりきはめて火化ハやめさせ給へと號泣して申けり仙洞の御聞に奉し火化の議をやめさせ給ひけり誠に八兵衛か忠誠天に通しけん