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事実調の結果に徴し明かである。(弁護人は、被害者〔甲〕が実母に抱かれてその名を呼ばれた時、微かに「死んでしまう」と答えたという言葉を捉えて、人には親にも夫にも言えない秘密があるとし、或は被告者の夫松永博士が悲報をうけた時、必ず復讐してみせると心に誓つたという供述を捉えて、本件の動機は怨恨なりと主張するけれども、何の裏付けもなく、かかる言葉自体からそのような臆測をすることは、全く独自の見解というの外ない。)しかるに、後記自判の際の証拠説明に詳記する如く、被告人は精神医学上所謂変質状態の基礎である生来性神経衰弱症者であつて変質的傾向とみられる性行があり、原審鑑定人丸井淸泰の鑑定書によれば、被告人の無意識界には残忍性、サデイスムス的傾向を包蔵しており、又、婦人に対する強い興味が鬱積していたのとみるべきであるとされるのである。これと本件犯行の手口、態様に鑑みるときは、本件犯行の動機は、被告人のこの変質的傾向に由来するるのと推認することは可能である。当審鑑定人石橋俊実の鑑定書も、目下の段階では、被告人が変態性慾者であると確実に断定は下し得ないというに過ぎない。而して右推認が経験則に反するものとは認められない。
 されば、本件犯行の動機が不明確なりとして、直ちに、犯罪の証明十分ならずとなすを得ない。
 次に、弁護人の所論について一言するに、先ず所論は、三木鑑定の対象となつた本件開襟シヤツの豌豆大の赤褐色の血痕は、事件後に工作されたものであると主張するのであるが、記録を精査し、当審の事実調の結果に徴しても、かかる事実を認むべき証拠は毫末もない。ただ、当審証人引田一雄に対する尋問調書によれば、最初同証人が本件開襟シヤツを受け取つた時これに赤褐色の斑点はなく、それは帯灰暗色のものであつたというのであるが、当審第二回公判調書中証人古畑種基の供述記載によれば、それは色調の判定についての相違に基くものであることが明かであり古畑証人も右開襟シヤツの血痕の色調を赤褐色としているのであり、しかも、同人によれば、死後十六日以上も経過した人の血液を所論の如く人工的に附着させることは事実上殆んど不可能であるとされ、而して、同証人は右開襟シ