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男に出遭つた証人が数人あること、及び被告人自身、警察で、私は本件八月六日の夜十一時二十分に帰宅したが、それ以後他の何処かで私を見たものがあればそれを認めるし、又被害者の実母が私であるというのであればそれも認める旨、私は記憶のない点と証人のことで困つているが、裁判の結果無期懲役になろうと何うなろうと、裁判長の認定に任せ、、ママ控訴する気持はない旨自供していること等の諸事実が存するのである。
 以上を綜合して考えると、本件犯行の犯人は被告人なりと断ぜざるを得ない。
 尤も本件犯行の兇器は発見されていないし、被告人が変態性慾の満足を得る目的で本件犯行をなしたと認むべき確証はない。本件傷害を与えた兇器は通常ありふれた鋭利な刃物であるとされ、被告人も大型ナイフを所持していたことが認められるから、兇器が発見されない点は、毫も前記認定の妨とならない。原判決が犯罪の証明十分ならずとしたのは、恐らく、特に動機の不明確を指しているものと認められる。
 動機の点は、成程、殺人の如き事案にあつては、犯罪事実の認定上必要欠くべからざるものである。しかし、犯罪と被告人との結びつきを証するものが、被告人の法廷外の自白のみしかない案件では、動機と認むべきものが証拠上存在しないか、或は存在すると認められても該動機と犯行とが経験則上齟齬する如き場合には、これを犯罪の証明不十分とすることも考え得るが、犯罪と被告人との結びつきを確固たらしめるに足る客観的証拠の存する案件では、動機と目すべきるのが一応推認され、且つその推認された動機と犯行とが経験則上齟齬しない場合に、動機の不明確の故のみを以て、直ちに、これを犯罪の証明十分ならずとなすが如きは、むしろ、それこそ経験則乃至実験則に違背するものというべきである。
 本件についてこれをみるに、本件殺人と被告人との結びつきを確固たらしめるに足る客観的証拠の存することは前記説明のとおりである。しかも、本件犯行の動機が、物盗り怨恨乃至痴情関係でないことは記録上及び当審における