Page:Second criminal judgement of Hirosaki incident.pdf/13

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⒆ 原審第五回公判調書中証人〔乙12〕の「犯行のあつた夜、十時一寸過ぎ頃、木村産業研究所前の道路の電柱の附近で、音も立てずに私の方へ近ずいてきた男に出遭つた。上衣は白く見え、ズボンはそれより濃く見えた。恐ろしかつたので、振返つて見ると、半ズボンか長ズボンを捲くつたものか知れないが、腕の方は出ていた。開襟シヤツの様に記憶する。殆んど足音を立てなかつた。足を内股に変つた歩き方であつた。」旨の供述記載、及び犯行の時刻の前後頃に、被害者方附近で、右同様の男に出遭つたことに関し、原審第四回公判調書中証人〔乙13〕、同〔乙14〕、同〔乙15〕、同〔乙16〕、同〔乙17〕の各供述記載
⒇ 原審第六回公判調書中証人〔乙18〕の「被告人の歩き方は、内股で膝頸を余り延ばさないし、余り足音を立てない。」旨の供述記載
(21) 〔丁〕の検察官に対する第一回供述調書中の供述記載、特に「犯行のあつた夜、兄隆は午後七時半頃シヤツとズボンを着て何処かへ出て行き、私が九時頃寝た時は、未だ帰らなかつた。夜中に目が覚めたところ、隆は十畳間に寝て六畳の間の母と話していた。その時刻を警察で調を受けた時、翌日午前三時頃と述べたが、帰宅してから母に相談すると、その晚の十一時過ぎであると言われたから、左様だと思う。」旨の供述記載
(22) 原審第九回公判調書中証人〔乙19〕の「本件のあつた翌朝七時頃、私方〔戊〕寺の本堂から玄関に出た時、被告人が〔乙20〕方の墓の方から出て来たのに会つた。このような早朝に墓参りに来る人はない」旨の供述記載
(23) 原審第四回公判調書中証人〔乙5〕の「事件後私方へ那須隆が来て泊つた時、よく眠らなかつたようで、夢でも見たのか大変うなされていたので、今起してやろうかと思つた程であつた。何だか人が死んだ夢を見たり、松永宅の現場を廻る夢をみたりしたそうであつた。」旨の供述記載、並に証人〔乙5〕の「事件後那須隆は私方へ来て、自分には一生忘れることのできないことがある、それを思出して寝るのだと言つた。」旨の供述