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〕」と叫んだのを「子供のかなり大きな泣き声」と記憶していること、刃器の刃巾、犯行当時〔己〕が穿いていたズボンの長短等において供述と証拠との間に相違が認められる程度で、それ以外は〔己〕が動機として述べるところを始め、〔乙〕方に目をつけて同家勝手口に赴いた事情、離座敷の東側窓から屋内を窺い、南側引き戸から侵入した状況、蚊帳の中に入り被害者に凶行におよんだ際の両者の位置とその姿勢、被害者の創傷から推察される刺突の状況が極めて微細な点に至るまで供述と符合していること、〔乙2〕の叫び声を聞き引き戸から屋外に逃走し、潜り戸を出る前に同女の「泥棒」と叫ぶ声を聞いていること、さらには血液滴下の状況によく符合する、表道路に出て一瞬自宅に近い北方に走りかけて思い直し南に方向を変えて逃走し、木村産業研究所に逃げ込み、井戸のところで血の滴りを止めていることなどその供述はすべて証拠と合致し、間然するところがないのである。先きに挙げた多少の相違は〔己〕あるいは〔乙2〕の記憶違いということも十分に考えられるのであつて、事柄の性質上それ程重要なことではなく、〔己〕の供述には全体として真実性を認めるに十分であり、告白の経緯についてもその真実性を首肯することができるので、当裁判所は以上の事実に前記第一において述べた本件を被告人の犯行と認めるに足る証拠がない事実ならびに〔己〕は真犯人を名乗りでて以来棄却審、異議審ならびに当審に至るまで一貫して自分が真犯人である旨不動の供述をしている事実に照らし、本件の真犯人は〔己〕であると断定する。

第三、結語

 以上説示のとおりであるから、本件殺人の点について被告人に対し犯罪の証明なきものとして無罪の言渡をした原判決の認定は、正当であつて何ら事案誤認の違法は存しない。尤も原判決が単に「証明十分な