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午後九時頃寝たがそのときは被告人は帰つていないと述べたと供述し、妹〔丁3〕は八月六日の晩のことははつきり判らない、外出していたとしても午後一〇時頃までに家に帰つてきていると述べたと供述し、妹〔丁5〕は被告人は家にいたと述べたと供述している。即ち本件当夜のアリバイについて、被告人の供述は変転し、家族の供述も区々であることは検察官指摘のとおりである。しかしこのことが直ちに被告人の犯行を裏付けるものと即断することはできない。本件のような重罪事件を惹き起こした犯人であれば寧ろ明確なアリバイを工作するのが一般であると思われる。捜査官のアリバイ追究に対し、被告人の供述が幾変転し、家族の供述も区々であつたということは、事件当夜特に記憶に残ることもなく、平凡な一日を過ごしたため後に至つてその日の行動を思い出せなかつたとみることもできるのであり、また家族相互の供述がまちまちであつたことは、工作らしきものが何一つなかつたことを立証するに余りあることであるから、これらの事実よりすれば寧ろ被告人を始め家人にとつて事件当夜記憶に残る何事もなかつたからだとみることの合理性を窺わせるものがある。

㈥ 〔丙2〕に対する供述について

 原一審証人〔丙2〕の供述記載によれば、同人は「本件発生後満一か月目の晩夕食後一応取調べたいと思い被告人の所へ行くと、被告人は今晩だけは何も聞いてくれるなと言つた。被告人は悲愴な顔をして月を眺め頭を垂れて取調べないように言つた。自分はその時那須が犯人でないか、おそらく良心の呵責から何も聞かないでくれといつたと考えている。」と供述していることが認められる。しかし本件発生後満一か月目の同証人が録取した昭和二四年九月六日付供述調書の記載によると、被告人の供述と