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応試験を実施したが、すべて陰性であつたことが認められる。

(ロ) 前記〔丙3〕・平嶋鑑定(昭和二四年九月一二日付)によれば、ルミノール反応試験において、本件白靴の紐の通る金属環の部分のみが一様に中等度の螢光を発し、また同部分はベンチヂン反応試験において弱陽性の反応を呈したこと、しかしさらにヘミン結晶ヘモクロモーゲン結晶試験を実施したが、いずれも陰性であり、結局血痕であることを証明することができなかつたことが認められる。そして〔丙3〕・平嶋両名作成の昭和二四年一〇月一九日付報告書によれば、右検査に当り紐や金属環の部分に限らず靴全体について念のため検査した結果もすべて反応がなかつたことが窺われる。
(ハ) ところが鑑定人松木明および〔丙〕共同作成の昭和二四年一〇月一九日付鑑定書の記載によれば、別紙図面㈤に示す左足の靴において、水道の水で靴クリームを洗い落す前にア、イ、ウの三点、洗い落した後にあ、い、うの三点の各斑痕を認め、ウ点に人血にしてB型を、う点に人血を、そしてあ、い点に弱い血液反応をそれぞれ認め、右足の靴において、水道の水で靴クリームを洗い落す前にア、イ、ウ、エ、オの五点、洗い落した後にあ、い、うの三点の各斑痕を認め、ウ点につき人血を認めたに過ぎなかつた。
(ニ) 前記古畑鑑定(昭和二五年九月二〇日付)によれば、ルミノール反応試験において、いずれの部位においても螢光を発せず血液の附着を証明できなかつたことが認められる。
(ホ) 松木、〔丙〕鑑定は、水道の水で洗い落す前の斑痕である左、右両足の靴の各ウの二点につき血液反応のみならず人血であること、さらに左足の靴についてはB型であることまで判定しているのに