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え警察署に同行していることは前記のとおりである。殺人を犯した犯人がこのような行動に及ぶということは全く考えられない、有りうべからざる行動である。ましてや本件では被告人は凶器を隠匿したこととなつているのである。凶器を隠匿した程のものが、返り血を浴びた本件白シヤツを平然と着用し、警察官の面前にこれを曝すということは、常識では到底考えられることではない。

⑵ 次に関係証拠によれば、犯人は寝ている被害者の右側から前かがみにしやがむ姿勢で凶行に及んだことが認められるところ、検死調書ならびに鑑定人木村男也作成の昭和二四年九月三日付鑑定書および鑑定人村上次男作成の昭和二七年一月三一日付鑑定書の各記載によれば、被害者の死因は左総頸動脈の円周の約三分の二の切断(損傷)による失血死であつたが、右損傷をもたらした創傷は、右前頸部から刺入し左方輪状軟骨の上縁を削ぎ、正中に向つて斜め上方に約二〇度の角度をもつて、また右上方から正中を越えて僅微ながら左頸稍下方に向い左後頸部に穿通する刺創で、同刺創は頸部内部において二条の創管をなし、恰かも襲撃が二度の刺突をもつて行われ、まず刃先が喉頭の前または前左に達したときに凶器を完全に抜き終らないうちに再び第二回の刺突が加えられたものと考察されたが、右刺突の順序はこれを決しえない状況であつた。そして木村鑑定人は左総頸動脈の傷口からの血液は非常な速力で恰かも噴水の如く迸出するが、左頸部の傷は僅微ながら上正中方から下側方に傾いているので、血液は直線的の噴出ではなくとも、かなり強い力で左頸に沿い左耳殻およびその後方(即ち敷布団の方向)に向いて流出したものと推定しており、村上鑑定人は、一気に右の創口から左の創口へ向つて刺突され左総頸動脈、左頸静脈を傷つけた瞬間を考えれ