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は、真実をみつめる態度とはいゝ難い。

⑷ 以上これを要するに、本件白シヤツの斑痕について、「帯灰暗色」と「褐色ないし赤褐色」の色合いの違いは何故か、この疑問点の解明がなされない限り、本件白シヤツ附着の血痕をもつて直ちに本件犯行に由来するものとすることはできない関係にあるといわなければならない。したがつて原二審判決が根拠とした確率九八・五%適用の問題も、その以前においてもう一つ存在する疑問点の解明がなされない限り事実認定にとつて無価値な確率となり、推定を認定に高めるということ自体無意味なこととなるのである。そして現在ではこの解明は不可能に近い。
5 動機について

 原二審判決は、本件犯行の動機について、那須は精神医学上所謂変質状態の基礎である生来性神経衰弱症者であつて、変質的傾向とみられる性行があり、またその無意識界には残忍性、サデイスムス的傾向を包蔵しており、また婦人に対する強い興味が鬱積していたものとみるべきであると説示し、本件犯行の動機は、同人のこの変質的傾向に由来すると推定することは可能であるとして、鑑定人丸井泰ママ作成の昭和二四年一〇月二五日付鑑定書の記載(以下丸井鑑定という)および原一審証人〔乙4〕、同〔乙5〕、および同〔乙6〕の各供述記載を挙示しているのである。

⑴ 那須は昭和一八年三月に私立東奥義塾五年を卒業した後満洲国興安総省に開拓団の経理指導員として赴き、程なく帰国し昭和二〇年五月頃一時青森県通信警察官を拝命したが、仕事としては専ら電話工事に従事していたため、司法警察官を強く希望して、昭和二一年三月三一日付で右通信警察官