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16 またその後の強盗傷人の事件で秋田刑務所拘置場に留置されていた頃から、那須が無実の罪で自分に代つて服役していることに悩み、信仰の力でこれを解決しようとしてキリスト教に関心を寄せ、修道女との間においても、それとなく右悩みについて教えを乞う文通を重ねていたところ、右事件で有罪判決が確定し服役中の昭和四六年二月頃に宮城刑務所内病舎に入所していた折、同じ病室内にいた〔乙26〕らに対し、自分の代りに殺人で一五年の刑をつとめた人がいるが、自分はその事件の真犯人であるなどと告白した。
㈡ 右供述についての検討

 この点について、原決定がその挙示する証拠によつて詳細に認定しているところは、当裁判所においてもこれを是認できるので、これに基づき検討を進める。(ただし後記に反論を加える部分を除く。尚挙示証拠以外は原決定の該当部分の証拠を引用する。)

1 離座敷(犯行現場)および就寝の状況
⑴ 離座敷の状況
  〔乙〕方表門は南北に通ずる道路に接し、同門わきの潜り戸からその北西方向に位置する離座敷までは直線距離で約四三尺(一三・〇二九メートル)あつて、その間の一帯は庭園に造られてあり、庭木が東側道路沿いの生垣に沿つて植えられてあるほか、やや迂回する状態で飛び石が潜り戸の近くから離座敷まで続いていた。離座敷階下の状況をみるに、同階下は八畳間の南側に接して巾約五尺(一・五一五メートル)の縁側があり、同所にはリノリユームが張つてあつたが、その縁側