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- 下人は、老婆の答が存外、
平凡 なのに失望した。さうして失望 すると同時に、又前の憎惡が、冷な侮蔑 と一しよに、心の中へはいつて來た。すると、その氣色 が、先方へも通じたのであらう。老婆は、片手 に、まだ屍骸の頭から奪 つた長い拔け毛を持 つたなり、蟇 のつぶやくやうな聲で、口ごもりながら、こんな事を云つた。 - 成程、死人の
髮 の毛 を拔くと云ふ事は、惡い事かも知 れぬ。しかし、かう云ふ死人の多くは、皆、その位な事 を、されてもいゝ人間 ばかりである。現に、自分が今、髮 を拔いた女などは、蛇 を四寸ばかりづゝに切 つて干したのを、干魚 だと云つて、太刀帶 の陣へ賣りに行つた。疫病にかゝつて死ななかつたなら、今でも賣りに行つてゐたかもしれない。しかも、この女 の賣る干魚は、味 がよいと云ふので、太刀帶たちが、缺かさず菜料 に買つてゐたのである。自分は、この女のした事が惡 いとは思はない。しなければ、饑死 をするので、仕方 がなくした事だからである。だから、又今、自分 のしてゐた事も惡い事とは思 はない。これもやはりしなければ、饑死 をするので、仕方がなくする事だからである。さうして、その仕方がない事を、よく知つてゐたこの女は、自分のする事を許 してくれるのにちがひないと思 ふからである。――老婆は、大體こんな意味の事を云つた。 - 下人は、太刀を
鞘 におさめて、その太刀の柄を左 の手 でおさへながら、冷然として、この話を聞いてゐた。勿論、右 の手 では、赤く頰 に膿 を持つた大きな面皰を氣 にしながら、聞いてゐるのである。しかし、之を聞 いてゐる中に、下人の心には、或 勇氣 が生まれて來た。それは、さつき、門 の下 でこの男に缺けてゐた勇氣である。さうして、又 さつき、この門の上 へ上 つて、この老