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人はとうとう、老婆の
- 「何をしてゐた。さあ何をしてゐた。云へ。云はぬと、これだぞよ。」
- 下人は、
老婆 をつき放すと、いきなり、太刀 の鞘 を拂つて、白い鋼 の色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は默つてゐる。兩手 をわなわなふるはせて、肩で息 を切りながら、眼を、眼球 が眶 の外へ出さうになる程、見開いて、啞のやうに執拗 く默つてゐる。これを見ると、下人は始 めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志 に支配されてゐると云ふ事を意識 した。さうして、この意識は、今 まではげしく燃えてゐた憎惡の心を何時 の間にか冷 ましてしまつた。後 に殘つたのは、唯、或 仕事 をして、それが圓滿 に成就した時の、安らかな得意 と滿足とがあるばかりである。そこで、下人は、老婆 を見下しながら、少し聲を柔 げてかう云つた。 - 「己は
檢非違使 の廳の役人などではない。今し方この門 の下を通 りかゝつた旅の者だ。だからお前に繩 をかけて、どうしようと云ふやうな事はない。唯 、今時分、この門の上で、何 をして居たのだか、それを己に話 しさへすればいいのだ。」 - すると、老婆は、
見開 いてゐた眼を、一層大 きくして、ぢつとその下人の顏 を見守つた。眶の赤くなつた、肉食鳥のやうな、銳 い眼で見たのである。それから、皺 で、殆、鼻と一つになつた唇を、何か物でも嚙 んでゐるやうに動かした。細い喉で、尖つた喉佛 の動いてゐるのが見える。その時、その喉 から、鴉 の啼くやうな聲が、喘ぎ喘ぎ、下人の耳 へ傳はつて來た。 - 「この髮を拔いてな、この女の髮を拔いてな、
鬘 にせうと思うたのぢや。」