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つ消えて行つた。さうして、それと
- 下人には、勿論、何故老婆が
死人 の髮の毛を拔 くかわからなかつた。從つて、合理的 には、それを善惡の何れに片 づけてよいか知らなかつた。しかし下人にとつては、この雨 の夜 に、この羅生門の上で、死人の髮の毛 を拔くと云ふ事が、それ丈で既に許 す可らざる惡であつた。勿論、下人 は、さつき迄自分が、盜人になる氣でゐた事なぞは、とうに忘れてゐるのである。 - そこで、下人は、
兩足 に力を入れて、いきなり、梯子 から上へ飛び上つた。さうして聖柄 の太刀に手をかけながら、大股 に老婆の前へ步みよつた。老婆が驚いたのは、云ふ迄もない。 - 老婆は、一目下人を見ると、まるで
弩 にでも彈かれたやうに、飛び上つた。 - 「おのれ、どこへ行く。」
- 下人は、老婆が
屍骸 につまづきながら、慌 てふためいて逃げようとする行手を塞いで、こう罵 つた。老婆は、それでも下人をつきのけて行 かうとする。下人は又、それを行かすまいとして、押 しもどす。二人は屍骸 の中で、暫、無言 のまゝ、つかみ合つた。しかし勝敗 は、はじめから、わかつている。下