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 木村は何を思ひついたのか、自分でレコードをもつて先に立つた。


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 翌日。河上は寢不足の眼をして時間ぎりぎりに出した。昨夜あれから木村のアパートで夜も遲くまで、それも隣室から呶嗚られなかつたら、それこそ徹夜もしかねまじい熱心さで、あの、「寢言レコード」をかけ續ける木村の傍に、不承ふしようぶしようママお附合ママをしてゐたのである。――どうもまだ瞼が腫れぼつたい。

 が、彼は、間もなくその眠氣ねむけを忘れてしまつた。といふのは、いつもならハりのある美しい轚で『オハヨー』といつてくれる向ひの美知子が、珍らママしく二十分ばかりも遲刻󠄂して來たばかりか昨日にも增してその顏色が冴えない。いつもの新鮮な赤味はまつたく無く、寧ろ蒼味がかつてさへ見へるのだ。

(どうしたんですか――)

 と問ひかけようとしたが、昨日のメモのことを思ひ出してやめてしまつた。たゞ、今日は幸ひやかましいオワイ町先生の來ない日なので、彼女の遲刻󠄂が左程󠄁目だたなかつたのを、河上は、自分のことのやうに安心したきりであつた。

 長い午前󠄁が過ぎて、サイレンが鳴つたけれど、彼女は一向食事に立つ氣配もなかった。

『お畫、行かないんですか』

『えゝ』

『何か心配ごとですか――』

『なんでもないのよ……』

 美知子は、やつと河上の顏を見たが、

『どうぞお先きに――』

 さういつたまゝ、向ふを向いてしまつた。まるで取りつく島もない有󠄁樣だつた。しかしそれは彼女も氣がついたと見えて、矢張り向ふを向いた儘だつたが、

『いゝのよ、心配しないでね、一寸頭が痛いだけなの……かへりのお序にミグレニン買つて來て下さらない?』

『そりやいけませんね、すぐ買つて來ますよ――』

 河上は、大急󠄁ぎで晝飯をし、ミグレニンを買つて來ると、入口の所でばつたり木村に會つた。