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思はず二人は、息を殺してそれに聽き入つた――が、しかし、それは實に
それが、僅か三十秒ばかりつゞくと、あとは又󠄂、サーツ、サーツといふ人を馬鹿にしたやうな無音󠄁地帶がしばらく續いて、終󠄁つてしまつた。
『なんだい、こりや?』
『うーん……』
『初めのもさうかナ』
木村は、さういつて先刻󠄂途󠄁中で止めてしまつたレコードをかけた。そしてカチツ、カチツを我慢して聞いてゐると、やがてポーンと鳴つて、同じやうな抑揚の、同じやうに譯のわからぬ寢言が續いて響き出した。もう一方のと違󠄁ふことはたしかに違󠄁ふのだが、譯がわからぬといふ點では同様であつた。
『日本語らしいね』
聽き終󠄁つた木村は、それだけ言葉短かにいふと、二枚のレコードを靜かに包󠄁みかへした。そして、はじめて思ひ出したやうにコーヒーを賴み、
『どこで手に入れたんだい、こんなもん?』
『どこでつて、それが可怪しいんだ。うちの荷物が長い旅をしてゐるうちに、こんなもんが迷󠄁ひこんで來たらしいんだよ、何しろ註文󠄁もしなければ送󠄁品書にもないもんが這入つてゐたんだからね……』
河上は、
(名曲かな――)
と思つてゐた期待外れに、がつかりしながらぽつ〳〵說明󠄁した,
『ふーん、すると』
木村は、なぜか一寸聲をひそめ、
『若しかすると面白いことになるかも知れないぜ、こゝぢやまづい。僕のアパートに來ないか、ゆつくりこのレコードを硏究してみよう』
『しかし、社の方があるんだらう……』
『……いゝさ、一寸電話して、腹が痛いことにして置かう』