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も一つは「Ⅱ」と、たつたそれだけしか書かれてゐなかつた。その上二枚とも裏がへして見るとのつぺりとした片盤なのである。

『妙なレコードだなア、曲目ぐらゐ書いてありさうなもんだのに……』

 倉庫係が不思議さうにいふのを聞き乍ら、

(テスト盤、といふ奴かな)

 河上は、ふとさう思つた。

 それにしても、赤い鴉のマークと番號だけといふのは變である。

『……こんなもんを註文󠄁したのかどうか、持つて行つて聞いてみよう』

 有り合せのハトロン紙に包󠄁んで、その二枚のレコードを事務室に持つてかへつた。

 しかし、美知子は、どうしたことか相變らず誰からの眼もさけるやうに、白々しい、橫顏をしてゐたし、さうかといつて、他のに聞いてみるのも億劫であつた。


3


 午後五時が打つと、ものゝ十分とたゝないうちに、內はひつそりとしてしまふのが例であつた。この點は甚だハツキリしてゐて、氣持がよろしい。齒車共は一齊に開放されてしまふのである。

 河上は、ハトロン紙包󠄁みを抱󠄁えて、傍目もふらずに步いてゐた。實はアパートに歸つても蓄音󠄁器がないので、この奇妙な貼紙のついてゐるレコードを試聽することが出來ず、ふと晝間寄つて行つた木村のことを思ひ出し、彼ならポータブルを持つてゐた筈だと思ひついたので、務先の東洋每日に急󠄁いだのだ。受付を通󠄁じて見ると、幸ひ木村はすぐ出て來た。

『まだ歸れないの――か』

『うん、これからなんだ、しかし三十分位だつたらいゝぜ』

『實はレコードの珍品を手に入れたんだが、君のとこへ行つて試聽して見たいと思つてね』

『レコード? どれ――』

 包󠄁みから出して、

『變なマークだね、一體なんだいこれは?』

『なんだか判󠄃らんよ、兎に角一遍󠄁聽いて見なけりやね』

『ふーん、さうそこに行きつけの家があるから一寸かけさせて貰はうか――』