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主張して可なりや如何ん。而して前には善良なりとしたる所の主義も、今や單に之れを一箇の談抦となし、全く無意味の兒戲となすべきか。クリトーンよ、余が君の助力に由つて討究せんとする所は、余の現在の事情の下に在つて、此主義は何等か以前と異る趣を呈するか、或は不變の者なるか、余は又た之れを許容すべきか、將た又た許容すべからざるかと云ふにあり。此議論たるや、余の信ずる所に由れば、彼の信ずるに足るべき多數の人々の主張せる所にして、之れを要するに、余の前に言へる如く、或者の議論は採用すべしと雖も、或者の議論は採るに足らずと云ふにあり。而してクリトーンよ、君は明日死せんとする人に非ず、少くとも人間の想像以內に在つては、此事有るべからざる人なれば――此事に就いては關係なく、人間の陷り易き境遇の爲めに欺かるゝと云ふが如き事はあらざるべし。故に余に吿げよ、余は或意見、即ち或人のみの意見は之れを尊重するも、其他の意見は之れを度外視して可なりと言ふも誤謬にあらざるか。余が此說を主張したるは正しかりしや否や。

クリ 然り。