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然るに余は生命危きに瀕せるに關せず、此くの如きことを爲さゞるより、其の人、心に、自己の思ふ所と余の所爲とを對照し、余に對して忿怒の情を激成し、之れを嫌ふの情よりして、余に反對の投票を爲すことあらん。余は素より諸君の內、此くの如き人ありとは容易に斷言せずと雖、若し之れ有りとせば、余は彼れに向つて此く云はん、曰く、友よ、余も亦他の人々の如く同じく人間にして、肉あり血ある動物にして、ホメーロスの言の如く、决して木石には非ざるなり。余は又た家族を有せり、然り我が子三人あり、あゝアテーナイ人諸君。其內の一人は稍成長せりと雖他の二人は尙ほ幼稚なり。然りと雖、余は一人たりとも此處に之を連れ來りて、諸君の心を動かして、以つて無罪放免を得るの哀願を爲さゞるなり。其理由たる决して余の私心に出づるに非ず、又た敢へて諸君を度外視せるに由るにも非ざるなり。余が死を恐るゝや否やは別問題にして、今此に之れに就いて語らざるべし。然りと雖も余の理由とする所は極めて簡單にして、余は此くの如きの行爲は余自身、及び諸君、及び國家全體に侮辱を與ふるものなりと感ぜばなり。苟も余の如き年齡に達したる者、及び又た賢人