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の名聲は果して之れを受くるに足る者なりや否やは兎に角、决して自ら自己を卑しむべきに非ざるなり。兎にも角にも世間はソークラテースを以つて一種の點に於て他人に優れるものなることを决定せしなり。今ま若し諸君の內、智慧及び勇氣及び其他何等かの德義に於て大に優れりと稱されたる人にして、此くの如くして自ら卑しむことありとせば、其の行爲は實に耻づべきものと云はざる可からず。余は、有名なる人物等が死刑の宣吿を受けし時、最も奇態の擧動をなしたることを見たり。彼等若し死する時は一種恐るべきことに遭遇するものなりと空想し、又た若し諸君にして生くることを彼等に許可する時は、彼等永久に不死なりと思へるものゝ如し。余思ふに彼等の如きは國家に取つては大なる不名譽にして、若し他國人來りて此事を知ることあらんには彼等に就いて必ず此く云はん、曰く、彼等はアテーナイ市の最も秀出せる人物にしてアテーナイ人等は自ら彼等に名譽及び命令權を與へしと雖、其の狀態や婦女子にだも若かざるなりと。余は云はん、此くの如き擧動は,苟も名聲を有せる吾等の决して爲すべからざる所なり、若し此くの如き擧動を爲す