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嗚呼アテーナイ人諸君、若余にして、ポチダヤ、アムフィポリス及びデーリオン等の戰爭の時、余等を命令する爲めに諸君の任撰せる大將に指令されし時、余は其守衞地を守り、人々の如く死に面して恐れざりし余にして――若し、今ま余の思想するが如く、神は余に命じて哲學者の任務を守らしめ、自己及び他人を討撿せしむるに當り、死或は其他の恐懼の念に由りて余の守衞地を棄つる如きことあらんには、實に余の行爲は奇異なりと云はざる可からざるべし。而して若し余にして死を恐るゝより神託に從はず、自ら賢者に非ずして賢者なりと想像するに於ては、余の行爲は實に奇異と謂ふべく、又た余は神の存在を信ぜざる者なりとして當然法庭に召喚さるべきなり。實に此の死を恐るゝの念は、智慧の虛託にして、眞の智慧に非ず、知らざることを知れるが如く思ふなるのみ。人は其恐懼の念よりして、死を以つて最大の惡なりと思ふと雖、其或は最大善たることなきやに至ては知る者絕えてあることなし。之れ知識の一種の自慢心にして、無知無學の最も不名譽なるものに非ずや。思ふに此點は余が一般の人間に優れる所にして、此點に於て恐くば余は自ら他人よりも賢なり