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に於いて彼れは羅馬敎會の宗義にあらはに反對しても尙ほ猛進して退かざりしブルーノとは大に其の性質を異にせり。彼れは學問上には自信に富み自ら標置すること頗る高く、凡べて彼れの主唱せる所は自家の新發見によりて得たるものとし他に學べる所あることを承認するに吝なりき。
《デカルトの哲學硏究法。》〔二〕彼れが一千六百十九年獨逸のノイブルグにての發見と名づくるものは實に其の畢生の哲學硏究の方針を定めたるものなり。其の時彼れ思へらく、凡そ多數の人相寄りて成せる事には相和せざる節ありて全く一人が根柢より造り上げたるものに比して不完全なる塲合多し。吾人は各〻生まれ出でて以來未だ知慮の發達せざる時より種々の人に接し種々の所傳を何心なく受け容るゝ者なれば吾人の知識は其の組織及び根柢に於いては極めて不完全なるものと云はざる可からず。故に確實なる知識を得むには恰も一市府の家屋古びて用を爲さざるに至れば全く之れをうち毀ち一の秩然たる計畫に從ひて新たに建設するが如く吾人は須らく我が懷抱し求たれる思想を兎に角に一旦毀ち去りて之れを全く其の基礎より建て改むべしと。而して斯くする事の方針として彼れの揭げたる個條