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去らざるべからず。固よりベーコンを懷疑論者といふこと能はざれども一切の先入を去りて全く新しく確實に考へ直さざるべからずと論ぜる點に於いて彼れが舊思想に對して懷疑的の心構こゝろがまへをなせりといふは不可なかるべし。彼れは吾人が學術硏究の途に上るに當たり須らく去るべき先入として四つの事柄を擧げ之れをイドーラ(idola)即ち偶像と名づけたり。以爲へらく、此等は吾人が自ら造り設けて尊敬を與ふるものなれども畢竟吾人の妄想に外ならずと。彼れが揭げたる四個のイドーラの第一は、其の劇塲の偶像idola theatri)と名づけたるものにして古來言ひ傳へ語り繼ぎて世間一般に信ぜられたる傳說等を指せり。以爲へらく、總じて昔より言ひ傳へたる古人の敎說等は一種の權威を有するものとせられ吾人は之れを考査せずして受け容るゝ傾向を有す、是れ學者の第一に去るべきイドーラなり。吾人は此等の傳說典故に依傍するに代へて各〻自ら我が知見によりて事理を精察考究せざるべからずと。第二に去るべきは人々の交際に起こるものにして之れを市塲の偶像(idola fori)と名づけたり。其の中最も大なるものを言語とす。吾人は言語を以て實物となす傾向を有し、言語を知れば已に眞實の知識を