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Page:Onishihakushizenshu04.djvu/536

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何等の事物と雖も其が吾人に經驗さるゝ以上は時間に於ける及び空間に於ける關係を爲さずして經驗さるゝことなし。此の故に數學上の關係は凡べての事物に通ずべきものなり。

空間及び時間を直觀の先天的形式と名づくるも其の意味は吾人が何等の經驗を爲さざる前に(換言すれば何等の感覺をも感ぜざる前に)唯だ空なる形式として吾人の心の浮かべ居るといふ意味にあらず。時空は吾人の心性其の物の働き樣なるが故に其はまた感覺を感ずる時の働き樣なり、其れを感ずるに先きだちて其の働き樣のみが時空の形式として獨立に心に浮かべられ居るといふに非ず。是を以てカントは曰はく、此等の形式は經驗する時に(即ち經驗と共に)起こり來たるものなれども經驗より來たれるものにはあらずと。但し茲に經驗と謂ふは感官に感覺を感ずることを言ふと解すべし、吾人は之れを感ずると共に其を時空の形式に入る、而して之れを感ずると其を時空の形式に入るゝとは離るべからざるものなれども一より他を取り出だすこと能はず。斯く多なる感覺を時空の形式に入れ之れに幾分の統一を與へて茲に始めて事物が成り立つなり。吾人が事物の經驗は