Page:Onishihakushizenshu04.djvu/447

提供:Wikisource
このページは校正済みです

會一般の安福を來たす行爲に名づけたるものにして、惡人は法律を以て制御せられ善人は名譽を以て導かるれども、善人と云ひ惡人と云ひ其の行ふ所を極むれば均しく皆機械的必然の作用によりて決定さるゝに外ならず、故に良心に問うて自らを責め悔むことを爲すが如きは無益の業なり。罪人は恰も病人の如き者にして社會の安寧を保たむが爲めといふこと以上に彼等を苛酷に取り扱ふ必要なし。唯物論は吾人をして宗敎上の迷信及び恐怖の情より脫せしむ、無神論者の組織する國家はベールの云ひたるが如く啻だ成り立ち得べきものたるのみならず最も幸福なるものなり。

佛國に於けるかの革命時代に在りては醫士カバニス(Cabanis 一七五七―一八〇八)が唯物論上心作用を說明して吾人の一切の思想は凡べて腦より分泌するものなりと說きたるあり、デステュット、ド、トラシー(Destutt de Tracy 一七五四―一八三六)また之れと相似たる唯物說を唱へたり。


アンシクロペディスト(Encyclopédistes