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體を說けると更に異なる所なければ也。彼れ自ら說いて曰はく、吾人の觀念は吾人の精神の作る所にして精神其の物にあらず精神其のものに就きては吾人は觀念を有せずと。然らば如何にして精神其の物の存在を知り得るか。吾人はそを直接に知識すと彼れの云へる所もあれど要するに此の點に於いては彼れの說ける所甚だ明瞭ならず。且つまた彼れが因果律を取扱ふ仕方はロックがデカルトの爲しゝ所に傚ひて爲したると毫も相異なる所なし、而して此の本體及び因果の二觀念は是れ即ち究理學派の哲學組織に於ける大柱石ともいふべき者にしてロックすら又バークレーすら未だ件の究理學派の柱石を覆すに至らざりき。而してこゝに銳利なる批評を用ゐて此の二大觀念を打破せむとし、而して遂にロックの唱へ出でたる經驗主義をば其の當さに到るべき窮極の所に到達せしめ、又それが爲めに近世の哲學思想に甚大なる影響を與へたる者をダヸッド、ヒュームとなす。
第三十九章 ダヸッド、ヒューム
《ヒュームの生涯、性行及び著作。》〔一〕ダヸッド、ヒューム(David Hume)は一千七百十一年四月二十六日エディン