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らず、老ならず若ならぬ唯だ人間といふ如きものを奈何でか吾人の心中に思ひ浮かべ得むや。唯だ吾人が一個物を觀るや特に其の一部分にのみ注意を向くるを得べく、而して其の部分が他物と相類したるものなることを得るのみ、そを其の個物の他の部分より引き離し一の獨立なる觀念として思ひ浮かぶることを得ず。然れども一物の一部分にのみ注意してそを考ふることを得るがゆゑに其れに就きて吾人の考へたることを其れと同じき部分を有するものに就きて言ふことを得るなり。例へば一つの三角形を畫きて數學上其の角度の和は二直角に等しと論證せむには一つの抽象的三角形を思ひ浮かべてしかすることを得るにあらずして特に今畫ける一つの三角形に就きて論ぜざるべからず、されど其の三角形の大さと云ひ、又は直角三角形なりと云ひ、又は鈍角三角形と云ふことは論證に關係なきこととして見ることを得るがゆゑに一つの三角形に就きて論證せることを他の三角形につきてもいふことを得るなり。之れを要するに、吾人の思ひ浮かぶる所は個々のものならざるべからず、唯だ其の一個のものを以て他の多くのものを代表せしむることを得るのみ、即ち吾人が一種類のものを考ふるや其の個々の