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Page:Onishihakushizenshu04.djvu/282

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質に第一第二の區別を爲して前者は唯だ吾人の心に觀念として存するのみならずして物體其のものに離れざるものなりといふ。されど何故に此の種の性質に於いてのみ觀念に對して尙ほ外物の實在するありといふことを知り得るか。此等の點に就きてロックの所說に改むべき點の存するは見難きことに非ず。彼れが知識を論ずるや其の言頗る錯雜せる所あるなり。

以上述べたるが如くロックは本より實驗哲學の要旨を先づ最も明らかに唱へ出でたるものなれども猶ほ彼れが如何に多くデカルト學派の思想を維持し居れるかは決して見るに難からず、而して其のデカルトに負へりと見ゆるところのものの中には實はデカルトと共に其の共通の淵源なるスコラ學者の思想に由來するところもあるべし。ロックは明らかにオッカム等が唯名論の系統を引けると共に又スコラ學者の脫し居らざりし而してデカルトに傳はりて彼れが唯理學派の說に入り來たれる要素をも繼承せる所あり。彼れはスコラ風の學問に慊焉たらざりしかどもなほ明らかに其を學びたる痕跡を止めたり。

ロックの學說は歐洲の學問界に一大潮流を起こして哲學上多くの學說の淵源と