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Page:Onishihakushizenshu04.djvu/237

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論理學を說くに先きだちて感官の知覺を論ずるものを置くべしと、而して彼れは之れをエステーティカ(aesthetica これは希臘語より來たりて元と感官の知覺を論ずるものと云ふほどの意味を有せる語)と名づけたり。彼れ以爲へらく、吾人の知識は其の漠然たるものなると明瞭なるものなるとを問はず、共に完全なるものを以て其の對境とすと。ライブニッツ已に事物の完全の相を明らかに知識する、是れ即ち學理的知識にして其を漠然と認知する是れ即ち美を認むる心の狀態なりと云へりしが、バウムガルテンの審美說は要するに此の思想を開發し行けるもの、之れに從へば亦吾人が明瞭なる觀念を以てする判定は知解の判定にして論理的のもの、漠然たる觀念を以てする判定は觀美の判定即ち品評と名づくるものにして感官的のものなり。斯くしてバウムガルテンに取りては吾人の感官の知覺を論ずるもの是れ即ち吾人の觀美心を論ずるものとなりたり。彼れが所謂エステーティカは此の理由によりて後世美學といふ意義を帶ぶることとなり、又此の故を以て彼れは始めてかゝる名稱を用ゐて哲學組織中の一部分として斯の學を論ぜむとせる者なりと云はるゝなり。