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Page:Onishihakushizenshu04.djvu/169

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大著『エティカ』の初めの二卷に於いて說ける所と後の部分に在りて專ら心理的說明を事とせる所とには相合せざる點あり。次ぎには彼れが謂ふ所の原因てふ觀念に於いて理由即ち論理上の關係と生因即ち生起上の關係とが混同せられたり。彼れは一面に於いては本體永恒の實相は時間上に在るものならずと云ひながらまた他方に於いては其が働きて萬物を生ずるかの如く說ける所ありて其の關係明らかならず。次ぎにはスピノーザは善惡美醜の價値の差別は凡べて吾人の差別見に屬するものなりと云ひながら尙ほ宗敎及び道德論の上に立つ時に於いては神そのものに關し又は神を觀る上に關して價値の觀念を持ち來たれる所あり。彼れが心理學上及び知識論上、情緖を說く所と彼れが宗敎觀に於いて神に對する知性の愛を說く所との如きは强ひて牽き合はせたるが如き趣なき能はず。終はりにスピノーザの哲學に於ける最も困難なる點として哲學史家の間にも其の說明に異論あるは其の謂ふ本體(substantia)は一なるものにして其を限定する性質の附し難きもの、唯だ圓滿無限の存在者なりといふ外に言狀すべからざるものと說きながらそれに數限りなき性の存在するかの如く說けるは如何といふこと是れ