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斷片の語句を存するのみ。簡淨なる文辭に深邃なる思想を寓したるが故に古より晦澁讀みがたきの稱あり。其の書の文字の比喩に富み反語に饒かなるは頗る老子に似たり。

《萬物皆流轉す。》〔三〕ヘーラクライトスが自家の發見としたるは變化又生滅といふものあればこそ世界は保たるゝなれといふこと是れなり。一物も絕えず變化流轉せざるはなく變化流轉して窮まらざる、これ即ち物の物たる所、その存在すといはるべき所なり。此の物は彼の物に、彼の物はまた別の物に絕えず轉化する、これ即ち世界の實相なり。此の物は唯だ此の物として存せず、彼の物は唯だ彼の物として存せず、常に此れが彼れとなりゆき彼れが此れとなりゆきつゝある也。斯く萬物皆新陳代謝して窮まりなきものなるに其の常に同一不變の自體を有せるが如く見ゆるは何故ぞ。これ他なし。此の物の彼の物と變はり去りつゝある量と彼の物の此の物となり變はりつゝある量と正に相平均すれば也、即ち一物の他に出で去るほど他より入り來たるがゆゑ也。譬へば流水の混々逝いて息まざる、しかも同一の流と見ゆるが如し。ヘーラクライトスの有名なる語に曰はく「再び同じ流れ