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れは變化を以て諸物の實相となし、諸物は變化すればこそ能く一にてあり得れと說きたり。學說の系統よりいへば彼れはミレートス學派と親密なる關係を有すれど、しかも萬物の一なることと其の變化することとの相背かざる所以を說かむとしたるは其のミレートス學派を超越したる點なり。彼れは多少クセノファネースの所說を知りたらむと思はるれば、其の論は或はこれに對して云へる所もありしならむ。クセノファネース曰はく、全世界は一にして其の一は動くことなしと。萬物の一にしてしかも動くといふ關係を思ひ浮かべ之れを說かむとしたるがヘーラクライトスの學說の主要の又特殊の點なり。

《其の人物、著書。》〔二〕ヘーラクライトスはエフェソス(小亞細亞の沿岸イオニアの一市府)の人、ピタゴラス並びにクセノファネースに後れ出でたり。自己の獨立の見識を信ずること厚く世間の俗輩を眼下に睥睨し世の碩學とたゝへらるゝ輩をさへ痛罵して措かざりき。其の言に曰はく「多くの事柄を學知すること決して眞知識を得るの道にあらず、博識もし人に眞智を與ふる者なりとせばヘーシオドス、ピタゴラス、クセノファネース及びヘカタイオスをも賢くしたりしならむ」と。散文にて一書を著はしゝが今はただ其の