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りとする點に於いて彼れが如何に新プラトーン學派に影響せられたるかを見よ。

《エリゲーナの萬有三段論、開展と復歸。》〔四〕エリゲーナまた新プラトーン學派風の思想に從ひ說きて曰はく、神は凡べての物の太原即ち絕對的原因なり。凡べての實在は彼れの中に在り、彼れの外に實在するものなし。萬物の存在すと云はるゝは神がそれに於いて現はるればなり、故に森羅萬象は神の發現といふも可なり。神其のものは萬物を超絕す、吾人は彼れに附するに彼れを定限する性質を以てすること能はず、善といふことも以て彼れを形容するに足らずと。エリゲーナは此の神を名づけて全有(τό πᾶν)又は自然(Natura)と云へり。

神は萬物を造化する所以のもの而して造化せられたるものは世界なり。而して能造化なる神と所造化なる萬物との間に位するものは形體以上の理想にして即ち萬物の模範的原因(causae primordiales)として其をしかあらしむるもの也。これは造化の太原なる神に對すれば造化せられたるもの、世界に對すれば能造化にして能く萬物を造るもの、是れロゴスなり。ロゴス卽ち理想の全體は神の發現にして其の中の最高なるもの之れを至善と云ふ、此等の理想が高下の段階を成す關係は