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り出でたる智慧是れ聖靈なり。ユスティノスは神に對して混沌たる物質を置き之れを以て本來存在せるものとし神は之れを用ゐて世界を造りぬと說けり、即ち其の根本思想の二元論なるを見るべし。盖しユスティノスは明らかに希臘哲學の思想を取りて之れを基督敎會の宗敎思想に混和せむとしたるものなり。

《テルトリアーノスの思想、「不條理なるが故に我れ信ず」。》〔八〕イレナイオス(三百二年頃に死せり)及び其の弟子ヒッポリトス等亦或は護法家の中に加へらる。但し彼等は重にグノスティックの攻擊に其の力を注ぎたり。テルトリアーノスの如きもまた或は護法家の中に加へらるゝが、彼れは哲學的知識を以て宗敎を說かむとするものに反對せり。其の有名なる語に曰はく不條理なるが故に我れ信ず(Credo, quia absurdum)と。彼れは又吾人が自然の意志及び思想は皆腐敗せり哲學は異端の母なりと考へたり。然れども彼れの思想は自ら希臘の哲學に得たる所あり。彼れは物體と精神とを不離者と見るストア學派の論を取れりと考へらる。以爲へらく、凡べて在るものは物體なり、神も靈魂もすべて物體なりと。彼れはまたストア學徒の如く肉情に屬するものと道德とを相對せしめて禁欲主義の道德を主張せり。又アッシリア人タティアーノスの如きもいたく哲