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害したりしに對して基督敎の辯護に力めたるは卽ち護法家なり。護法家の中茲に擧ぐべき肝要なる人物は殉敎者ユスティノス(希臘人の血統を引きまた希臘風の敎育を受けたる人、サマリアに生まれ百六十三(乃至六)年羅馬にて死刑に處せらる)及びマルクス、アウレリウス帝に上書したる亞典人アテナゴラス、又羅馬人の中にてはミヌシウス、フェリックス等なりとす。就中最も吾人の注意を惹くべき者はユスティノスなり。彼れに從へば凡べての眞理は其の說かれたる時代たとひ基督以前に在りとも皆之れを基督敎的と稱すべきなり。何となれば凡べての眞理は皆ロゴスの啓示する所にしてロゴス即ち基督なればなり。人類は皆多少ロゴスの啓示を受くる所あり、古へに在りては希臘の哲學者ピタゴラス、ソークラテース、プラトーン等の如き皆一は直接にロゴスの啓示を受け又一は摩西及び其の他の猶太の豫言者等の敎を知れるによりて眞理を得たる者なり。然れども此等の人々に傳はれるロゴスの啓示は全からず其の完全に世に現はれたるは基督の敎に在り。基督敎は人類に現はれ來たりたる凡べての眞理を大成したるものなり。ロゴスに發現する、又ロゴスによりて世界を造れる神は世界を超越せるもの、而して神よ