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《哲學の性質。》〔三〕哲學は斯くして起こり又斯くして進みゆくものなりとせば其の大體の目的は當時代の人の以て興味ありとする限り、又吾が能力を以て硏究し得べしと信する限りに於いて組織的智識を得むとするにありといふべし。而して件の組織的智識には何物か其を統一する所以のものあらざるべからず、故に委しくいへば個々の現象を統括する根本原理を求むること及び人の知り得べしとする境界の全體を統合すること(約言すれば根元を究め以て全局統一せむとすること)これを哲學的知識の特色となす。しかも全局の統一といふも其の時代によりておのづからその範圍を異にす、すなはち吾人の知り得べしと看る又は硏究するに價ひすと看る全體の範圍が或は廣く或は狹くなることあるなり。これを要するに吾人の限界に入り來たる諸現象の根本原理を認めてそが統一的智識を得むとする、これを哲學の性質又傾向といふべきなり。〈こゝに哲學といふは歐洲語に所謂フィロソフィーに宛て用ゐたる語なり。フィロソフィーは希臘語 φιλοσοφία より來たる。此のフィロソフィアといふ希臘語は字面上智慧を愛するといふの意義を有するが、ソークラテース以後の文書には總じて學術といふほどの意味に用ゐられたり。〉

上にもいへる如くこゝには敢て或一の哲學上の學派もしは立脚地より見て哲學