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に對してもストア學徒は敢て攻擊の地位に立たず、寧ろ其の中の種々の傳說を譬喩と解して其の中に高等なる眞理を發見せむとせり。

《其の安心立命の地、自殺論。》〔一四〕ストア學派の根本思想は外物に依賴せずして各人自家の心中に安心立命の地を得むとするにあり、これ當時の人心の向かふ所を示せるものなり。而してストア學派は件の安心立命の地をば各自の有德なること、即ち德を修むることに得べき滿足に求めたり。以爲へらく德は各人の理性に存し意志に存して外物の變動に拘らざるもの、他人の奪ふべからざるものなり。他人は我が身體を傷つけ生命を奪ふことを得べきも、些も理性(即ち我が眞個の價値)を傷つくること能はず、我が價値を害ふものは我れ自らの意志のみ、他物の爲す所に非ず。吾人は吾が理性を守ることに動かざる滿足を覺することを得。若し道を失ふことなくば吾人は常に安靜なるを得、死と雖も吾が累をなすに足らず。約言すれば我れ若し己れの主人たるを得ば凡べてのものの主人たるを得べしと。是れストア學者が安心立命の地なり。

斯くの如く生死を輕んずる所よりストア學徒は吾人が世に存する理由を失ふ時