Page:Onishihakushizenshu03.djvu/199

提供:Wikisource
このページは校正済みです

依賴せず明確なる知識に從うて社會の事を處理するを要すと考へたる也。彼れがこの事業のために奮然蹶起したりしは何時頃なりしか確知し難けれど其の四十歲を踰えたる時には已に此の事に從ひ居たりと知らる。ソフィスト等の如く報酬を受くることを屑しとせず家を外にして二十年一日の如く亞典の市街を徘徊し何人を問はず彼れに耳をかすものと對論せり。殊に靑年は最も喜んで彼れに耳を傾け彼れまた最も彼等を愛し自ら稱して「靑年の戀人」といへり。彼れが容貌風釆の奇なる、其の談論の方法の新たなる、いたく時人の注意を惹けり。如何なる塲合にありても從容自若寡慾自ら制し其の品德は百世の師表となるに足れり、而もまた奇癖常人を以て律すべからざるものありしが如し。

ソークラテースの目的は上にも云へる如く十分當時の硏究心の要求を充たし其が硏究の結果に從うて社會の道德を堅牢なる基礎の上に確立するにあり。故に其の立ちし處は一方に於いてはソフィスト等と異なり他方に於いては問ひ考ふることなくして唯だ從來の習慣を固執する保守家とも異なれり。然るに當時ソフィスト等の破壞的傾向に反動して起これる保守派ありてアリストファネース等之れ