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《ソークラテースの考究の主眼は道德問題にあり。》〔一〕前に陳ぜしが如くソフィスト等の新傾向は實際的道德の方面にまで其の影響を及ぼすこととなれりしが、こは畢竟當時社會一般の智識のいちじるく進步せし結果に外ならず。即ち此の時に至りては前代に於ける學術上の硏究心と其の種々の硏究の結果とを社會の事に應用し人事をも學術硏究の範圍に引き入れむとしたる也。ソークラテース亦此の時に出で當世の精神を呼吸したり。但しソフィスト等は智識に關しては懷疑的となり社會道德の事に關しては破壞的となり了はりたるが、彼れは智識を明らかにして以て社會の道德を確實なる根據に築かむと志したり。盖し當時に在りては問ひ考ふることなくして唯だ古來の習慣風俗をそのまゝに繼承し遵守すべくもあらず。此の點に於いて彼れはソフィスト等に許せり。彼れは乃ち社會の風儀法律等の依りて立つ所以の根據を看取せむと力めたり。彼れは硏究心の已むべからざるを看、其の硏究をして其の到るべき所に到らしめ是れによりて以て社會の改善を圖らむと欲したり。當時ソフィスト等の辯論は旣に甚だしく輕佻浮薄に流れ、之れを眞面目なる議論といふべからず、論ずる者もはた聽くものも共に眞面目に智識及び道德の事を硏究せむとはせず寧ろ