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Page:Onishihakushizenshu03.djvu/170

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脚地に在る者の中に幾多の折哀說の唱道せられしを見る。アナクサゴーラスの時代より後へかけては一時多くの折衷的物理說の流行したりしが如し。此等の折衷說は將に思想界の新潮流の湧出せむとする時に方たり尙ほ未だ舊思想の立脚地を離れずして而も旣に物理的思索上創始力の衰徵せし處に出現せし現象と見るを得べし。

斯く希臘哲學第一期の末に方たり學說創剏の元氣は一時沮喪したるが如き跡あれども又一方に於いては科學的硏究は著るく其の步を進めたり。從來の物理的哲學に胚胎したる種々の學科が此の頃よりして多少各〻獨立の學問として考究しそめられたり。數學、星學、生理學、醫學等は特に其の進步の著るかりしを見る。就中星學、數學の硏究は特にピタゴラス學徒の獎勵する所となり其の進步を助けたる所少なからざりき、醫學も亦其の學徒の硏究する所となりき。純然たるピタゴラス學徒とは名づく可からざれども其の徒の著名なる影響を受けたるクロトーンの醫師アルクマイオーン(Ἀλκμαίων)の生理上及び解剖上の硏究の如きは頗る注意すべき者あり(彼れは知覺思想の座を頭腦にありとし而して感官より頭腦に到