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レア學說を執りて動かざる所なり。各アトムは其の自體を保持して毫も他より變ぜらるゝことなく且つ其の自體を成す物質の新陳代謝することなし。然るに此の現世界の雜多と變動とは何れより來たるぞ。是れただアトムが其の本來有する形を異にし且つ其の空間に於ける位置を變ずる(即ち動く)によりて來たる、其の性體に於いては些も差別なく又變化なし。物の生ずといふはアトムの相寄るに外ならず、其の滅すといふは其の相離るゝに外ならず。生滅は所詮アトムの集結と離散との謂ひ也。而して集結と離散とはアトムの機械的運動に外ならず、即ち一アトムは他のアトムと能く相衝突し又は相附著するも毫も相混入融和することなし。一の體は他の體の冒す能はざる障礙を呈す。これ原素及び種子の混合を語るエムペドクレース、アナクサゴーラスとアトム論者と其の說を異にする點なり。斯く一アトムは他のアトムと衝突するも儼然其の自體自性を保持して少しも他より傷つけらるゝことなければ、一物が他物に影響するが如く見ゆるは畢竟一物より其の微部分の發出して只だ機械的に他物に衝突附著するに由るのみ。空隙を隔てゝ一物が他物に影響すべきやうなし。(エムペドクレースも亦かゝる說明を