Page:Onishihakushizenshu03.djvu/133

提供:Wikisource
このページは校正済みです

彼れの語に曰はく「ヌウスは凡べての物の中にて最も精なるもの、最も純なるもの、一切の物につきて凡べての智識を有し又最も大なる力を有す」と。ヌウスは純乎たる獨自の存在を有し毫も他物と相混ぜず他を動かして他に動かさるゝことなし、即ち他物は皆混成物なるに此れのみは他に結ばることなし、些も他に結ばれざるが故に之れに束縛せらるゝことなくして能く之れを動かし之れが上に力を有する也、而してその動作や智識あり思慮あり。盖しアナクサゴーラスは萬有、特に天體の整然として美はしき調和を保てるを見てこは智識なき者の作爲し得る所にあらずと思惟せしなり。此の如く彼れの所謂ヌウス即ち精神はエムペドクレースの所謂愛憎よりも一層靈智に近きものなるは疑ふべからざれど直ちに之れを以て非物質のものとは斷了すべからず。ヘーラクライトスが其の所謂火を神火又は道理ある火と名づけし如く物質上のものに智識の作用を具せりと見るは當時の學者に取りては決して異しむべき事にあらず。且つ又アナクサゴーラスは智識あるヌウスなかるべからずと說けども實際は唯だ運動を起こす根本力として之れを用ゐたるに過ぎず、天地萬物の生ずる所以を說くには尙ほエムペドクレース