勝手氣儘に罵り合ひ、喚き合ひ、果ては摑み合ひでも始めたかのやうに思はれる程󠄁混亂して來た。頸筋は途󠄁徹もなく重くなり、胸は呼吸切れで苦しくなつた。
眞暗󠄁なので、今自分がどの邊を走つてゐるのか、さつぱり見當がつかない。段々走る事が恐ろしくなつて來た。
その時、私の瞳󠄂にちらと灯
突然、私の背後で、誰かゞ叫んだ。そして眞黑い影が私を追󠄁ひ拔いて行つた。私はもう駈けなかつた。納骨堂への入口がすぐ前󠄁に在つた。闇を透󠄁かして仄白く敷石が見える。その先の濃い藪蔭に提燈の灯が搖いでゐ、人影もそれと判󠄁別出來た。
私は柔かい濕つた土を蹈んで、その方に進󠄁んだ。津木門七の體は旣に木から卸されてあるらしく、それを圍んで人塊が、何か小聲で囁いてゐる。
私がもう五六步で其の場に着くといふ頃、突然その塊の中から圖方もなく大きな叫び聲が湧き上つた。
「おい!」
幾分顫えを帶びてはゐたが太く、重い聲でそれは再び繰返󠄁された。人影がそれに連󠄁れてざわめきだした。私は急󠄁いで駛り寄つた。
その時、門七は呼吸を吹き返󠄁したらしく、四つの提燈と懷中電燈が、彼の顏と、はだけた胸とを大きく照り出して居た。
彼は
突然、門七は「うむゝゝゝゝ」といふ呻き聲と共に、その兩手を突きあげ、上半󠄁身をあげて、何かに挑み掛らうとする姿勢を採󠄁つた。がすぐ、一人の男が、彼を押へ付けて了つた。
私には、もうそれ以上彼の姿體を凝視してゐるる〔ママ〕ことは出來なかつた。私の胸は或る强大な力で緊めつけられたやうに息苦しくなり、それと共に居堪ら〔ママ〕ない憂愁と悲哀とに囚ヘられてしまつた。
暫ら〔ママ〕く、がや〳〵と口々に何か喋り合つた後で、門七の體は、監督らしい大男の背に乘せられた。男は、すぐ、すた〳〵と輕さうに步き出した。それは、少しも人間を背負つてゆくといふ感じはなかつた。
人々は、その男の後に跟いて、ぞろ〳〵步き出した。