Page:OizumiNobuo-TsugiMonshichi-SangaBō-1939.djvu/2

提供:Wikisource
このページは検証済みです

「ふむ! 奴は何故自殺なんかしたんだらう。忌まいましい。」

 津木門七が首を縊つたといふ報せを受けた時,私の腦裡に瞬間こんな考が閃いた。

 慥かに憎惡の故に違󠄁ひない。畜生! が併し、其の時私は酷󠄁く周章てゝ了つたことも事實である。前󠄁のやうな理念は、ほんの纔かの間、泛んだだけで、すぐ消󠄁滅してしまつたのである。私はどうしたものだらうと當惑した。が孰れにせよ、現場へ行かねばなるまい。で私は急󠄁いで部屋へ引き返󠄁した。「今何時頃だらう?」私はふとそんな事を考へた。消󠄁燈してからもう可成時間は經過󠄁してゐる。併し、私はそれが酷󠄁く氣懸りであつたにも拘らず、今時計を仰いで見る餘裕はない、と獨りめてしまひ、故意に自分を急󠄁き立てゝ、夢中で表へ飛び出した。

 戶外そとは眞の闇だつた。駈け足で庭をつ切り、道󠄁路へ出る途󠄁端、私は激しく物に蹴躓いた。私の身體は殆ど前󠄁に轉倒せんばかりに蹣跚めいたが、辛くも身を支󠄂へ、闇の中につ立つた時、私は今にも泣き出しさうな氣持になつてゐた。私は、私の顏がベそをかいてゐるのを感じた。耐らなく不安な、心もとないそして何か、とんでもない過󠄁失を仕出かした時のやうな 酷󠄁く慘めな感情󠄁が、全󠄁身を蔽ひ盡し、何事か恐ろしい暗󠄁示に銳く胸を衝かれた。私は餘程󠄁引き返󠄁さうかと思つた。が私はやはり步き始めた。そして何時しか又󠄂駈け足になつてゐた。

 私は何も考へたくなかつた。しかし私の頭には、種々雜多な想念が無闇と湧きあがり、それらが