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Page:Kokubun taikan 09 part2.djvu/4

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みたるぞ。今試みむ」と仰せられていみじう苦しげにおはしたりければ、片時、御傍󠄀離れ參らせず。唯我が乳󠄁母などのやうに添ひ臥し參らせて泣く。あないみじ、かくてはかなくならせ給ひなむ、ゆゝしさこそ有り難く、仕うまつりよかりつる御心のめでたさなど思い續けられて、目も心にかなふものなければ、露も寢られずまもり參らせて、程󠄁さへ堪へがたく暑き頃にて、御さうじとふさせ給へるとにつめられて、寄り添ひまゐらせて寢入らせ給へる御顏をまもらへ參らせて、泣くより外の事ぞなき。いとかう何しに、なれ仕うまつりけむと悔しく覺ゆ。參りし夜より今日までの事、思ひつゞくる心ち唯おし量るべし。これは如何にしつる事ぞと悲し。驚かせ給へう御まみなど、日頃の經るまゝに弱󠄁げに見えさせ給ふ。御殿籠りぬる御氣色なれど、我は唯まもりまゐらせて、驚かせ給ふらむに皆寐入りてと思しめさば、物おそろしくぞ思しめす、ありつる同じさまにて、ありけるとも御覽ぜられむと思ひて見まゐらすれば、御目弱󠄁げにて御覽じ合せて、「いかにかくは寢ぬぞ」と仰せらるれば、御覽じ𛁈るなめりと思ふも堪へがたく哀にて、「三位のおもとより、さきざきの御心ちの折も、御傍に常に侍ふ人の見參らするがよきによく見參らせよ、折惡しき心ちをやみて參らぬが侘しきなり」と申せど、えぞ續けやらぬ。「せめて苦しく覺ゆるに、かくして試みむ。やすまりやする」と仰せられて、枕上なる、𛁈るしの箱を、御胸の上に置かせ給ひたれば、誠に如何に堪へさせ給ふらむと見ゆるまで、御胸のゆるぐさまぞことの外に見えさせ給ふ。御息も絕え絕えなるさまにて聞ゆ。顏も見ぐるしからむと思へど、かく驚かせ給へる折にだに物參らせ試みむとて顏